日本史の「謎解き」18 渡世人の生活費は?

昔の東映時代劇にあった「関の弥太っぺ」サンとか、その後の
TV時代劇の「木枯らし紋次郎」サンなど、こういう人たちを
いわゆる「渡世人(とせいにん)」と呼んだようです。
しかし、この言葉くらいは聞いたことがあるにせよ、その生態?に
ついては現代人の常識になっていません。

別の「旅烏(たびがらす)とか「旅人(たびにん)という言葉から、
気楽な立場で「余暇旅行」を楽しむ人を想像し勝ちですが、
これが大間違いのコンコンチキ。
それどころか、中には少なからず「命がけの逃避行」もあった
そうですから、その点、映画や小説はある程度「お気軽」な
描き方にしてあるのかもしれません。

しかし、どんな「旅」であろうが人間の旅である以上は、宿泊費や
食事代など最低限の「生活費」?は必要になります。
そうなると、さて正業にも就いていない
~彼らはいったいどういう方法で生計を立てていたのか?~

そこで思い出すのが、昔々の時代劇によく登場していた
「一宿一飯の恩義」というセリフです。
その土地の「親分」サンに挨拶を通すことで、「一泊」と「一食」
確保できる無料互助システム?ですが、これには結構厳しい
ルールがあったとされています。

たとえば、まずは最初に「親分」サン宅の玄関先で正調の「仁義」
を切らなくてはなりません。 まあ早い話が自己紹介ですが、
例の「お控えなすって、お控えなすって・・・」を、とにもかくにも
ノーミスでスマートにやり切る必要がありました。

所作に「うっかりミス」や口上を「噛む」などは、その時点で瞬時に
失格?・・・というより「渡世人を騙るニセ者」と見做されてボコボコ
にされるか、運が悪ければ殺されることだってあったようです。

では、「ボコボコが嫌い」な上に、「滑舌の悪い」渡世人は
どうしたらいいのか? 冷たいようですが、基本的に「野宿」を
選択するよりほかないでしょうね。

しかし、そのハードルを乗り越え、運よく無料の「一宿一飯」
与かったとしても、それだけの話です。
では、肝心の「現金」はどう手当てしていたのでしょうか?


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 「関の弥太っぺ」
 原作:長谷川伸
 主演:中村錦之助


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 「木枯らし紋次郎」
 原作:笹沢左保
 主演:中村敦夫




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その「現金」もやっぱり「一宿一飯」の折に入手できたようです。
百点満点のスマートな仁義が切れ、晴れてそのお許しが頂けた
際には、渡世人側はそのご挨拶代わりとして親分サン側に
「手拭い」を預けることをしていました。

そして、立つ時にはそこに「幾ばくか」の現金を添えて返された
そうですから、つまりそこには「路銀(旅費)」カンパの意味が
あったのしょうね。
しかし、その「幾ばくか」の多寡は決して各人一律ではなく、
それこそ渡世人本人に対する親分サン側の評価ですから、
「想定外の額」であっても注文を付けることはできません。

いや、注文は付けられたかもしれませんが、そんなことをしよう
ものなら、おそらくはまた「ボコボコ」が待っていたはずです。
で、渡世人にとっては、こうした時に受け取る「添金」が、ほとんど
唯一の「現金収入」だったそうですから、たぶん「リッチな渡世人」
などは存在しなかったものと想像されます。

しかし、現在とは逆の、ホテル側?が「旅費」を賄うという、この
システムを「うらやましい」などと思ってはなりませぬ。 
なぜなら、この「一宿一飯ホテル」?には半端でない厳しい
ルールがセットになっていたからです。

飛び切り流暢なシャベリ術を必要する先の「仁義」もそうなら、
夕飯のおかわりは”二膳”で打ち止め、出されたものは”完食”が
絶対条件、食器の後始末は”セルフサービス”、寝布団も
”一枚きり”、頼まれごとを”断る”などもってのほか、さらには家人
に対する礼儀・作法・所作にも飛び切り厳格なものがありました。

そして、これらのどこかにウッカリ落ち度があろうものなら、また
「ボコボコ」が待っているのかもしれないのです。
これでもアナタは、まだ「渡世人」になりたいか?
ワタシも強いてお勧めしようとは思いません。

「渡世人」の世界は、やっぱり「関の弥太っぺ」や「木枯らし
紋次郎」で楽しむくらいの方が、何かと無難に思えるからです。

※ちなみに、このご両人の時代設定を勝手に天保年間(1830-1844年)頃と
  想像しているのですが、本当はいつ頃なんでしょうか?



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