日本史の「デジャヴ」06 困ったら”誤訳”でいこう!

昭和の戦争は、1945年(昭和20年)、日本側が連合国側の
「ポツダム宣言」を受諾することで最終的な「降伏」に至りました。
しかし、実はその折に、同宣言の原文にあった・・・subject to・・・
という文言の解釈をめぐって、ひと悶着を起こしています。

単に連合国の~制限下に置かれる~との意味だ、とする
日本国政府の説明に対し、いいや~主権も奪われ、連合国に
「隷属する」~
という意味だ、と解釈した人達もいたわけです。

もしも、政府説明が間違いで、自分達の解釈が正いのであれば、
それは国家消滅?という最悪の事態をも招きかねません。
そこで、それを危惧した一部の青年将校が、宣言受諾に待ったを
かけるべく「反乱」を企てたことは割合知られたところです。

このことについては、抵抗が小さいうちに、とにかく既成事実を
作ってしまいたいとする日本国政府が、敢えてこの微妙な訳文
(誤訳?)を採用したのではないか、との指摘もあるほどです。

歴史的に見れば、実はこの手のテクニック?には「先例」が
あって、なにもこの時始まったものでもありません。
これは、「逆説の日本史」著者・井沢元彦氏の指摘によるもの
ですが、「日米和親条約」(1853年)の条文にも、この種の誤訳?
が存在していたそうです。

・・・ provided that either of the two Governments ・・・
~両国政府の一方が必要とした場合には、(外交官を置ける)~
この原文に対し、幕府側の「日本文」はこうなっています。
~(外交官を置く場合は、)日米両国の協議が必要~

つまり、外交官を置くのに、「事前協議」が必要か不必要か、
という根本的な部分で、まったく異なる理解を示していることに
なるわけですが、しかし、この「食い違い」については、複数の
見方が存在しています。


画像














   日米和親条約を締結
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「英文/蘭文/漢文」を使用したことで、この時の翻訳作業が
非常に煩雑になったことが原因、とする見方がひとつ。
しかし別に、もっと端的に、~「日米交渉」で押し切られた形に
なった日本側の担当者が、その責任追及をかわすために、
敢えて「誤訳」?を犯した~
との見方も。

もし、後者だとすれば、これは90年後の「ポツダム宣言」の
日本語訳文の経緯とよく似ています。
つまり、気付かなかった?という一種の情報操作?煙幕?を
張ることで、真実がはっきりしてしまう前に、事を運んでしまおうと
する姿勢です。

そういう見方をするなら、ひょっとしたら、昨今の日本政府も、
「日米和親条約」や「ポツダム宣言」の折の遺伝子を、きっちり
受け継いでいるのかもしれません。

「原発政策」にせよ、「秘密保護法」にせよ、日本語であるにも
かかわらず、その説明に一種の「恣意的誤訳?」の気配を
感じ取る人も少なくないからです。

それはともかく、外交文書に限らず、異なる言語間で的確に
意思疎通を図る文言の確定作業は、案外難しいことのようで、
その分かりやすい例として、最初の「聖書の日本語訳」を挙げる
ことができます。

~初めに言葉があった。言葉は神と共にあった。言葉は神で
あった。・・・~
 現在では、普通このように訳されている部分が、
最初の日本語訳ではこうなっていたそうです。

~始まりに賢いモノござる。この賢いモノ極楽と共にござる。
この賢いモノは極楽。・・・~
 ギュツラフ(1837年)
う~ん、これは「恣意的誤訳?」ではないのでしょうが、確かに
随分と分かりにくいのでござる。






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---これまでの 「デジャヴ」 シリーズ---------------
180 日本史の「デジャヴ」05 断トツ無責任男編 後は野となれ山となれ!
153 日本史の「デジャヴ」04 大仏様エレジー編 意外にも波乱万丈!
093 日本史の「デジャヴ」03 暗殺疑惑編 二人は政策の岐路に立っていた!
059 日本史の「デジャヴ」02 将軍家編 肖像画まで同じなんて絶対に変だ!
036 日本史の「デジャヴ」01 天皇家編 ふたりの天皇の不思議な共通点!
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ヤジ馬の日本史~超駄級・100記事一覧編~ 神話から戦後まで一挙公開!
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この記事へのコメント

2014年02月23日 21:23
こちらでは初めまして。
コメントありがとうございます。

subject toの解釈、国体護持をめぐる逡巡、青年将校が企てたクーデター計画に対する阿南陸相の言動、鈴木首相の言葉など、近現代史の中でも僕が特に興味を持っている部分です。

それにしても終戦時の政府の様子を幕末や現代にまで照らし合わせてみるとは。
視野の広さ、柔軟な発想に脱帽です。
歴史ってほんとにオモシロイです。
またお邪魔させていただきます。。。
2014年02月24日 18:26
そう言って頂けるのは嬉しいのですが、
かなりエエコロカゲンなことも混じっている
ので、反面とても気恥ずかしいです。

明日は晴れるかなさんも、終戦前夜など
かなりシブイところに関心がおありの
ようで、迫力満点です。

「ふるさとてくてく」の情報は身近な景色が
多くてついついコメントしてしまいました。
ちょくちょく寄らせて頂きたいと思いますので
今後ともどうぞよろしくお願いします。

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