日本史の「逆転」07 地名は”上”だが地図では”南”?

現代人が地図を見る場合、多くは「北を上」にします。
慣れもあるのでしょうが、この方法が一番見やすく、また理解
しやすいからです。
~いや、ワシは「南々西を上」にするのが一番見やすい!~
こう主張される方は(データはありませんが)おそらく少数派でしょう。

で、日本地図から(もちろん「北を上」にして)昔の国名を追ってみると、
関東地方あたりで「妙な地域」があることに気がつきます。
上総国(かずさのくに)下総国(しもうさのくに)は、字面からすれば、
当然、「上総」が上(つまり北)に位置し、「下総」が下(つまり南)
位置するはずですが、地図上の事実はこれが「逆転」している
のです。

つまり、「上総」「下」で、「下総」「上」になっています。
さては先人達は「方向オンチ」だったのか?
こんな優越感に浸るのは、ひとえに「現代人の驕り」であり、
結論から言えば、「上総・下総」は、これで矛盾のない「国名」を
構成しているそうです。

下の地図を眺めながら整理すると、こうなります。
「上総国」 現在の千葉県南部あたり(房総半島の南端を除く)
「下総国」 現在の千葉県北部・茨城県南西部・
       埼玉県東部・東京都東部あたり
※ちなみに、房総半島の南先端部は、この「上総国」とは一線を画し、
  「安房国」(あわのくに)として独立したエリアになっています、


でもまた、なんでこれで上下の矛盾がないのか?
ひょっとして、現代人とは逆に、昔の人は「南を上」にして地図を
理解していたのか?
・・・どうもそんな一直線の考え方ではなかったようで、この場合の
「上」とか「下」は、「方角」(東西南北)とは無関係だったのです。

「方角」とは異なるモノサシとは?・・・つまり、「都(京)からの
距離感」がそれで、近い方を「上」、遠い方を「下」としていたと
いうことです。

~うんにゃ、そんなことはないゾ! 地図をよく見てみれ!
  「上総」に入るには、どうしたって「下総」を通過することになる。
  だったら、都から近いのは「下総」であり、ならば「下総」こそ、
  本物の「上総国」ということになるはずだ!~


このような異論が出てきたとしても不思議はありません。
(なぜなら、これはワタシが出した異論だからです)



画像











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ところが、これにも実は「現代人の思い込み」が働いている
そうで、つまり、「陸上ルート」だけに目を奪われ、「海上ルート」を
すっかり忘れているという指摘です。

昔は、ここら辺りへ来るには、この「海上ルート」を利用するのが
一番便利だったようで、その場合だと、「上総」の方が「下総」より
都に近い地域ということになり、これだと確かにそれぞれの
国名にも矛盾がないことになります、

ですから、「海上ルート」の発着港は、先の「命名ルール」?から
しても、「安房国」ではなくて、この「上総国」にあったことになり
そうです。
※ちなみに、ワタシの場合は、その両国を示す「(安)房」と「(上)総」で
  「房総半島」の名称が形成されていることに、たった今気がつきました。


お話は逸れますが、それほど広い地域でもなく、またこの場所に
ありながら、「安房国」には「総」の字も付かずに、独立?した
エリアと認識されていたのは、~自然の山並みが「上総国」
「安房国」を分断していたから~
という説明もありました。

それはともかく、たとえばワタシの地元・尾張国を「尾州」と呼ぶ
ように、国の名を「○州」と表現する呼び方がありますが、
その場合は、「上総国」「下総国」も共に「総州」(そうしゅう)
呼んだそうです。
ということは、元々は大きな「総国」という大きな国だったものを、
いつかの時期に、上下(近遠)に「分割」したのかもしれません。

またまた蛇足ですが、「地図」という言葉から、今ひょっこり思い
出しましたことがありますので、皆様にもご紹介しておきましょう。
作者も題名もすっかり忘れてしまいましたが、
こんな「推理小説」?「ミステリー小説」?がありました。

容疑者の鉄璧なアリバイを崩すために、「地図」と首っ引きに
なった捜査官ですが、なかなかその糸口が掴めません。
それもそのはず、夢中になるあまり、「四国」「オーストラリア」
地図を取り違えていたのですから・・・




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119 日本史の「逆転」02 木曽三川 レ・ミゼラブル! 積もった恨みが爆発!
107 日本史の「逆転」01 “謎の絵師”に謎はない 謎は後から作られた?
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