日本史の「発明」02 万事が”もうやっこ”の国

仲良く「分け合う」ことを、尾張近辺では「もうやっこ」と表現
します。(より正確には、「・・・していました」かも?)
そして、日本の歴史はこの「もうやっこ」の精神に満ち溢れて
いることにも気がつきます。

そもそも、朝廷VS武士という二大勢力の構図も、
「権威=天皇(朝廷)」 「権力=将軍(武士)」という形での、
さらには武士の内輪に限っても、鎌倉幕府は「権威=将軍」
「権力=執権」という形での「もうやっこ」をしています。

室町幕府も、その伝統に従って「権威=将軍」「権力=管領」
踏襲していますし、江戸幕府も「権威=将軍」「権力=幕閣」で、
その例外ではありません。

嫌われるのを覚悟で、もう一回りクドい説明で迫るなら、
この国の建国?の経緯そのものが、その通りのパターンです。
話し合い?をもって、大国主命を「あの世」のトップという
名誉職?に就け、その代わりに天照大神が「この世」を預った
のですから、これも一種の「もうやっこ」と言えるでしょう。

つまり、大昔からず~っと「権威」「権力」の分離分割作業、
即ち「もうやっこ」を続けてきたからには、それがこの国にとって
一番シックリする構造だということなのでしょう。

ですから、多少変則的ではあるものの、天皇家も負けじと、
この「もうやっこ」を実践しています。
~院政(いんせい)は、在位する天皇の直系尊属である
太上天皇(上皇)が、天皇に代わって政務を直接行う形態の
政治である。~
 出展:wikipedia

画像











 白河法皇 鳥羽法皇 院政之地 (京都市伏見区)
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平たく言えば、形式的なことは「天皇(社長)」が、実質的な
権力は「上皇(会長)」が各々に分担?する形ですが、一つの
ポストを二人で「もうやっこ」にしたこの構造は、ひょっとしたら、
日本人に非常にフィットした「発明」?だったかもしれません。

ただし、この場合、権力行使の点で幾分の不公平?がある
ようにも感じられますが、これも、「権威=天皇」 「権力=上皇」
見るなら、他のパターンと見事に一致していることになります。

この「もうやっこ」大作戦?は、確かに「独裁者」が登場しにくい
などの大きなプラス面を備えていますが、反面で実は致命的な
マイナス面も抱え込んでいます。
それは、最終的な責任の所在が徹底的に不明確ということです。

少し前に「年金記録問題」(2007年)という、国家自らが国民を
相手にして「オレオレ詐欺」を仕掛けたかのような、とんでもない
事件がありましたが、この場合ですら、最終的な責任を負った
誰がが「流罪」とか「獄門刑」に処されたというような展開に至る
こともなく、そのまま幕引きを迎えて、チョンでした。

~そうとも、「最終責任者」を特定させない(できない?)ように、
「もうやっこ」システムを「発明」しておいてやったのだ!~
と言われれば、実際のところ反論に窮しますが、しかし、
~これにて一件落着!後は流れ解散、やれやれ!~という
顛末を繰り返すばかりで、本当にこれでエエのでしょうか?

で、唐突な話題転換となって恐縮ですが、
~とことん出来の悪い我が子(息子・娘)~を持った場合に、
その責任は父親・母親の 「もうやっこ」 とすべきかどうか?
という問題です。・・・もう、お分かりですね。

日本史の法則に従えば、~どちらも責任を負う必要はない~
・・・ということになるハズです。
ですから、どうぞご安心ください、アナタは無罪だ!





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