日本史の「ツッパリ」10 五尺の体にみなぎる気迫

近世以前の日本の歴史とは、お隣りの超大国・中国に
呑み込まれてしまわないよう、細心の気配りを続けた先人達の
「汗と涙と虚勢(ツッパリ)の物語」でもありました。

よく知られたお話に、こんなのがあります。 ~日出ずる処の
天子、書を日没する処の天子に致す。恙無しや・・・~

聖徳太子が隋(中国)・煬帝に宛てたこの国書の文言は、まあ
「平社員」が「社長」に対等意識で挨拶しているようなものです
から、両国の立場を考えれば、誰がどう見たって「ツッパリ」か?

聖徳太子(579-622年) 推古女帝の“摂政”
太子 「あの凶暴な煬帝に向かって、タメ口で物申してやった
    オレは我ながら凄いゾ! 正直チビりそうだったが・・・」


「中国の子分」(柵封体制)に甘んじることを潔しとせず、常に
「オレ流の国家づくり」を目指していたということなのでしょう。

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しかし、小国・日本が、こんな大それたポリシーを貫くためには、
なによりも強い気持ち、つまり「気迫」「ツッパリ」が必要です
から、この手のパフォーマンスを披露した先人は、聖徳太子の
他にも少なからずいたハズです。
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北条時宗(1251-1284年) 鎌倉幕府・第八代“執権”
元寇前に交渉役としてやって来た外交使者の首を刎ねています。
この行為は「ツッパリ」どころか、当時ですら国際法?を無視した
完全な暴走でしょうが、時宗にも言い分はありました。

~子分になるなら許そうが、そうでなければ痛い目にあうゾ~
時宗 「こんな無礼・脅迫を許しておいては、軍事政権の長たる
    ワシの株も下がろうから斬り捨てたまでのこと!
    まあ、『言葉』だけだった太子に比べたら、『行動』で示した
    ワシの方がチョイと格上かもしれんなァ・・・(自画自賛?)」



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  「坤輿万国全図」(こんよばんこくぜんず) 出展:キッズ日本海学
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足利義満(1358-1408年) 室町幕府・第三代“将軍”
明(中国)から、ちゃっかり「日本国王」の称号を頂いた義満の
言い分は少し違っています。

義満 「やたら威張りたがる中国なんぞ、まともにとりあう必要は
    ありゃあせんのだ。ワシのように『面従腹背』の姿勢で
    臨んでおけば奴さんたちも満足し、こちらも貿易でウハウハ
    儲かるのだからナ! その点、まともにとりあっていた太子
    や時宗は、いささか器が小さかったんではないかい?」


豊臣秀吉(1537-1598年) 織田信長亡き後の天下人
この人物は「唐入り(中国本土侵攻)」をプランし、その実行に
踏み切っています。

秀吉 「(当然、尾張弁で)目の上のタンコブと思うのなら、
    そんな屁理屈を並べとるより、“やっつけてまう“のが
    一番手っ取り早ぇのに・・・太子も時宗も義満もみんな
    インテリだもんで、やたら能書きが多ていかんわァ・・・」

    ~ええきゃあ、相手が超大国だろうがヘチマだろうが、
    『やる時は断固やる!』 この腹のくくり方こそが
    正解なんだでぇ、ワシを見習ってみやぁ!~


徳川光圀(1628-1701年) 水戸藩・第二代“藩主”
「水戸黄門」として知られるこの人物は、さらに「ブッ飛んだ」
理論を展開しています。

光圀 「何度も異民族に乗っ取りを食らった中国に『中華』を
    名乗る資格はないッ! その点、『万世一系』の天皇家が
    治め続けてきた我が国こそ、まことの意味での『中華』で
    あるッ! つまり、中国より日本の方が断然“格上”ッ!」

    ~太子も時宗も義満も秀吉も、このことに気づかないまま
    ツッパリ続けていたとするなら、ちょいとばかり政治センスに
    欠けるなぁ・・・その点、バッチシ気がついたワシは彼ら
    四人を超えているのかもしれん・・・ウヒヒ・・・~


こうしてみると、先人達は良きにつけ悪しきにつけ、あらゆる
手練手管を駆使することで、超大国・中国から、この国・日本の
「独立性」を守り続けてきたことになるわけです。

う~ん、“五尺の体にみなぎる気迫ッ!”ってか?

※五尺の体=人のからだ一つ、の意 (5尺≒150cm)




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