日本史の「怪人」03 丸か四角か?この地球

日本人の名前ですが、「ハビアン」って聞いたことがありますか?
いいえ、ワタシは金輪際聞いたことはありませんよ。
だいたい、日本人でありながら「ハビアン」なんて名乗ること自体
が既にかなり怪しいじゃありませんか・・・そうでしょ?

でも、この「イルマン(司祭助手?)・ハビアン」は実在しました。
ただ残念なことに号の「不干斎 巴鼻庵」(ふかんさい はびあん)
の方は残っていますが、その本名はよく分かっていないようです。

実はこの方、江戸幕府の「御用学者」?である林羅山(1583-
1657年)との間で非常にユニークな「地球論争」を展開したこと
でも有名らしいのですが、その前に少し略歴にも触れておきます。

1565年生まれで1621年に亡くなっていますから、活動の時期は、
ちょうど「関ヶ原の戦い」(1600年)を挟んだその前後の頃という
ことになります。

少年期は「禅僧」として過ごし、20歳頃にキリスト教に帰依。
その数年後にはイエズス会の修道士になり、またこの頃には
ご丁寧に「仏教批判」の書も著したとされています。
40歳頃には修道女と駆け落ちをして今度は棄教。

さらに、50歳頃にはそのキリスト教を迫害する側に協力し、
もっとさらには、55歳の頃にキリスト教を批判する書物も著して
います。

ですから、コテコテの「宗教人」であり、その~神も仏も棄てた~
活動は多忙かつ波乱万丈だった、ということができそうです。
さて、その羅山との「地球論争」は1606年のことといいますから、
ハビアンが「駆け落ち」をする2年ほど前のことになります。


画像画像












   ハビアン:地球は丸い!    林羅山:地球は四角い!
 出展/九州歴史ネット資料館   wikipedia:林羅山
-----------------------------
   にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ ←お立ち寄り”記念クリック”も!
-----------------------------

ハビアンが持ち出したのは当時認められつつあった
「地球球体説」でした。
それに対し、羅山の方はなんと「地球方形説」を持ち出して
それに備えました。

つまり、~地球は丸いのか?四角いのか?~が議題になったと
いうことです。

さて、その論争?の行方は?・・・どちらが勝ったのか?
実は~ハビアンの主張を羅山が論破した~ことになっています。
つまり、「地球は丸い」説は「地球は四角い」説に勝てなかった、
ということになります。

こう聞くと、現代人としては正しいはずの「地球球体説」が
なぜ敗北を喫したのか、その理由を知りたくなるところです。
しかし、ここは現代人の持つ悪癖「思い込み」が働くところでも
あるのです。

つまり、自然科学の話題である以上は、ここで行なわれたのは
「科学論争」だったに違いないという善意?の「思い込み」です。

ところが実際には、「科学論争」というよりは己の信念をぶつけ
合う「宗教論争」の様相を呈し、しかもそれほどスマートなもの
ではなく、むしろ「負けてたまるか!」という両者の意地の
張り合いに終始したようです。

それにしても、「地球方形説」をもって「地球球体説」を論破した
林羅山も確かに「怪人」?なら、その相手を勤めた
「神も仏も棄てた宗教人」ハビアンもある種の「怪人」?
いえるのかもしれません。

ちなみに、林羅山は、徳川家康に「ゴマをする」ためか、後に
(1614年)方広寺梵鐘の銘文、「国家安康」「君臣豊楽」に
イチャモンをつけて、豊臣家滅亡への導火線を布いた人物と
しても知られています。

ハビ 「ワタシが地球はボールのように<丸い>と言っているのに、
    アナタはあくまでも<四角い>とおっしゃるので・・・?」

羅山 「いかにも!辺りを見回してみよ!地ベタはず~っと
    平たく続いているのに、そもそもそのどこが<丸い>という
    のだ?卑怯者め!」

ハビ 「卑怯とか卑怯でないというのは問題のすり替えです。
    では、逆にお訊ねするが、アナタのいう「四角い地球」とは
    ハンペンのようにペタ~ッと平たい四角なのか、それとも
    豆腐のようにシッカリ立体的に四角なのか、いったいその
    どちらだとおっしゃっているのでしょうや?」

羅山 「そのように重箱の隅をつつくような質問をして返すような
    所業がすでに卑怯なのダ!<四角>だと言ったら、それは
    まさしく<四角>のことで、そこにはハンペンも豆腐もない!
    あい分かったか!」

ハビ 「あい分かりませぬが羅山ドノ・・・それでも地球は丸い!」

既にお気づきでしょうが、上の会話はワタシの創作であり、
「歴史の真相」とはまったく無関係なヨタ話ですよ・・・念のため!





   にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ にほんブログ村 にほんブログ村 トラコミュ 日本史同好会へ 
     ↑折にふれ 1日1回の応援クリックを!↑

          



---これまでの 「怪人」 シリーズ-----------------
147 日本史の「怪人」02 捏造された?“親の七光り“ 親が偉けりゃ自分も?
145 日本史の「怪人」01 西鶴の超人技は本当か? 早口言葉と腹話術?
-------------------------------
ヤジ馬の日本史~超駄級・100記事一覧編~ 神話から戦後まで一挙公開!
-------------------------------

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック

  • 日本史の「怪人」10 火吹き達磨のトンデモ説

    Excerpt: 大村益次郎(1824-1869年)は長州征討(1864/1866年)や、 戊辰戦争(1868-1869年)などで指揮を執り、長州藩の勝利を 導いたことで、「維新の十傑」に名を連ねる人物です。 逆.. Weblog: ヤジ馬の日本史 racked: 2015-05-30 12:45