日本史の「迷宮入り」09 幕府が”それ”をしなかった理由

最大の敵「豊臣家」を滅ぼした(1615年)後の幕府・徳川家は
ひとつには、不平分子?の「反乱」に神経を尖らせていたこと、
さらには、海外貿易を管理し、ほぼ鎖国?の状態を保つように
したこと、こんな状況にありました。

その内、外様大名などによる「反乱」を「想定内」のこととして
警戒していた意識は各藩の配置ぶりからも、また、なにかと
イチャモンをつけて盛んに他藩の「取り潰し」を実行していたこと
からも窺い知ることができます。

もうひとつの海外貿易についても、他藩をシャットアウトした上で
幕府・徳川家が独占管理していたことは明白な事実です。
そうすると、このふたつを並べたとき、こんな素朴な「疑問」が
浮かんでこようというものです。

~幕府はなんで“それ”をしなかったのだろうか?~
“それ” とは、幕府・徳川家だけが海外から最新兵器(鉄砲)
などを「独占」入手する、つまり国内唯一の「軍事超大国」?に
なる選択です。

仮に、他藩が外国兵器に関心を示すような態度を見せるなら、
それこそそれを「反乱の準備」とみなして、お得意の「取り潰し」を
実行すればいいわけで、だとしたら、幕府・徳川家だけが
「軍事超大国」の立場に立つこと自体はそれほど困難なこと
ではなかったはずです。

そうするなら、想定内としている「反乱」に対しては、その
圧倒的な「軍事力の格差」「抑止力」にもなり、または万一、
開戦になった場合でも、自軍には極めて優位な「戦闘力」
備わっていることになります。

「軍事力」に段違いの格差がある場合には、劣勢の側が
歯向かいづらい (その差が大きいほど戦乱の抑止力になる) ことは、
この「戦国」のバトル・ロイヤルを勝ち抜いてきた経験からも、
幕府・徳川家には充分に理解ができていたはずです。



画像
    




  幕府・徳川家には”それ”ができる環境が整っていた!
 ---------------------------
    にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ ←お立寄り”記念クリック”も!

 ---------------------------

ところが、そういうことは一切していません。

この姿を現代にたとえるなら、~手元に宝クジ1,000万円の
「当選券」を持っていながら、「換金」しないまま放っておく~

ようなものですから、これは極めて不思議?不可解?な
選択と言わざるを得ません。

そのことについては、今のところ必ずしも行き届いた説明が
あるようにも思えないので、今回改めて「迷宮入り」に加えた
次第です。

勝手な想像を膨らませるなら、戦国の世→→「関ヶ原の戦い」
(1600年)→→「大阪の陣」(1615年)
と、長い間に渡って
戦乱が続いた後のことですから、ひょっとしたら、一種の
「厭戦気分」を抱いていたのかもしれません。

~戦いにはもうくたびれた・・・これからは平和路線で~と、
いったところです。
でも、もしそうなら、反乱・蜂起・抵抗の芽を摘むためにも、
なおのこと「抑止力」や「戦闘力」を重視し、素早い「換金」?を
心がけたはずなのですが?・・・

またまたひょっとしたら、~新米権力者である幕府・徳川家は、
「権力行使」にとんと不慣れだった?~


そのため、自分だけが突出した「軍事超大国」になるという
「特別待遇」?を潔しとしなかった、ということも考えられないわけ
ではありません。

いずれにせよ、この幕府・徳川家の「換金?しなかった姿」、
つまり「権力者らしからぬ権力者」の姿は、たぶん世界でも
かなり珍しいものと思えるのですが?
軍縮路線?平等意識?単なる能天気?大尽気質?粗忽者?

ちなみに、最後の「粗忽者」というのは、幕府・徳川家は最後まで
自分が「宝くじ当選券」を持っていることに気がついていなかった、
という意味で使っています。

「気がつかないなんて、そんなことが本当にあるのかよう?」と
素直なツッコミを入れるアナタに向けて、心温まるお話を。
・・・「自分が気がつかない」って、こういうことなんですヨ。

~耳が遠くなったという友達に、何度か話しかけてみたが
案の定返事がない。 やっぱり「耳が遠くなったのは本当なんだ」
と納得しかかったところへ友達の声。
「何回も返事をしているのに! お前、耳が遠くなったなァ」~





   にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ にほんブログ村 にほんブログ村 トラコミュ 日本史同好会へ 
   ↑お立寄り記念に 1日1回の応援クリックを!↑

          


---これまでの「迷宮入り」シリーズ----------------
129 日本史の「迷宮入り」08 西郷どんの唯一の写真 写真を避けた理由は?
120 日本史の「迷宮入り」07 ダイ・ハードは永久封印? 彼は生きている?
115 日本史の「迷宮入り」06 “新”は天皇家のカムバック? なぜ違う表現?
097 日本史の「迷宮入り」05 初めての火葬天皇 なぜこの方法を選んだか?
095 日本史の「迷宮入り」04 半世紀将軍の子づくり なぜこんなにも大勢を?
092 日本史の「迷宮入り」03 なんで前方後円墳? こんな名称はインチキだ!
078 日本史の「迷宮入り」02 黄金ネコババ事件 なぜみんながダンマリか?
073 日本史の「迷宮入り」01 なぜ“八”がデカいのか? 九や十はどうしたの?
--------------------------------
ヤジ馬の日本史~超駄級・100記事一覧編 神話から戦後まで一挙公開!
--------------------------------

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

面白い

この記事へのコメント

2013年08月02日 15:20
お立ち寄り&コメントをありがとうございます。
今後とも末永いご愛顧と、その折には「応援クリック」の方も
どうぞよろしくお願いします。

この記事へのトラックバック

  • VISVIM サンダル

    Excerpt: 日本史の「迷宮入り」09 幕府が”それ”をしなかった理由 ヤジ馬の日本史/ウェブリブログ Weblog: VISVIM サンダル racked: 2013-07-09 13:06