日本史の「ツッパリ」09 ♪地球の上に朝が来る・・・

♪地球の上に朝が来る/その裏側は夜だろう/
西の国ならヨーロッパ/東の国は東洋の・・・♪

※「地球の上に朝が来る」作詞作曲:川田義雄(後:晴久に改名)

日本人が作ったものとしては珍しくスケールの大きな歌曲ですが
この歌詞にあるように、西の国のヨーロッパという政治勢力を
東の国の東洋(日本)が意識せざるを得ない状況が、
既に16世紀において発生しています。

ここに登場する役者は、西のヨーロッパ側はスペイン国王・
「フェリペ二世」(1527-1598年)、一方東の東洋(日本)側は
太閤サンこと豊臣秀吉(1537-1598年)。
そして、双方の間で取り沙汰されたのは、他ならぬ「キリスト教」
そのもの。

既に1587年、「バテレン追放令」を出していた秀吉ですが、実際
には、この頃までそれほどの「締め付け」を行っていません。
「貿易」に対する魅力がそうさせていたのでしょう。

また、当時のスペインといえば、すでにポルトガルを併合して
(1580年)おり、一方の秀吉とて1592年には「唐入り」、つまり
中国進出計画を実行していますから、いわば両者にとっては
イケイケドンドンの時代だったということになります。


画像画像














(西のヨーロッパ)スペイン:フェリペ二世   (東の日本)豊臣秀吉
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1594年、そのフェリペ二世の窓口となるスペイン・マニラ提督と
秀吉の間で、こんな書簡のやり取りが行われています。

秀吉 「ええきゃあ、あんた達もダ、世界の王になるワシに服従
    すべきだでぇ。ウチの家来達も、マニラなんぞはどえりゃあ
    簡単に落とせるって言っとるでよう!」

提督 「メッチャ無礼な奴め!フェリペ二世こそが世界の王である
    ことを知らんのか! その言い草は王にきっちり報告し、
    あとでボコボコにしてやるからナ!思い知れ!」

そんな最中の1596年、スペイン船「サン=フェリペ号」が土佐に
漂着するという事件が。
その折の日本側の取調べに際し、乗組員は多少得意気な
口調でこんなことを口走りました。

~本国がさほどデカくないわが国が、世界中で広大な領土を
拡張しているのには「それなりのコツ」があって、さほどに
困難なことでもありゃあせんのですワイ~

思わず身を乗り出して、聞き出したその「それなりのコツ」とは?

~目標とした国にまず宣教師を送る。
その次に、一部の国民をキリスト教に改宗させたら、折を見て
彼らを決起させ、間髪を入れず本国の軍隊を投入する。 
この方法で相手方を「キリスト教」国に改造(征服)し、神の祝福を
得る、という段取りなんですなあ・・・これがァ~


実際、南米ペルーのインカ帝国もその通りの手順で滅亡にまで
追い込まれています。(1541年)
※現在のペルーでは国民の95%がローマ・カトリック(キリスト教)を信じ、
  公用語にはスペイン語を使っています。※他にも公用語はあり。


~なんたる「独善」、なんちゅう「危険思想」を持つ野蛮人ども
 なのダ!話にならん!いずれ折を見て成敗してくれるワ!~


この証言?に対し、日本側がこのくらいの気持ちを抱いたことは
間違いありません。
しかし実際のところ自分達も既に「中国侵略」?を遂行中という
事情もあって、さすがにスペインにまでは手が回りません。

一方のスペイン側も、直後の1596年、新興勢力であるオランダの
艦隊がジャワ島へ出現するという局面を迎えたことで、
「日本征伐」?どころか、自国のアジア支店ともいうべきマニラを
死守防衛することが目下の急務となってしまいました。

ところが、そのまた直後の1592年、スペイン側のフェリペ二世が、
その僅か5日後には、今度は日本側の秀吉が、すなわち
ツッパッていた両者が相次いで亡くなるという、なんとも尻切れ
トンボの顛末に。

ですから、両国の正面衝突までには至りませんでしたが、
しかし、この「サン=フェリペ号」事件で暴露?されたキリスト教が
持つこの特有の「危険(独善)思想」?が、日本の施政者たちを
大いに震撼させたのも事実です。

その証拠に、秀吉後を担った家康など徳川幕府の歴代トップは、
この「危険思想」に充分すぎるほどの神経を尖らせています。

日本が「インカ帝国」の徹を踏むこともなく、この21世紀まで
昔ながら?の「日本」を続けてこられたのは、その時の先人達が
抱いた「警戒心」のお蔭?なのかも知れません。

もっとも、この「危険思想」?というのは、あくまでも16世紀頃の
キリスト教のことであり、現在のキリスト教を指しているわけでは
ないので、くれぐれも誤解なきよう。

しかしながら、公平を期すために、この頃の「ローマ法王庁」の
公式見解も示しておきましょう。
実は、この言い分も結構ツッパっているのです。

イスラム教徒に対しては・・・元々キリスト教徒のモノである土地を
不当に占拠して領有してきた彼らから、それを取り返すための
戦争をしてどこが悪い! えええ、いったいどこが悪い!


アジアなどに対しては・・・すばらしい宣教師を派遣しているのだ
から優遇されて当ったり前だし、ましてや、その話に耳を傾け
ないとか、または迫害したりする無礼者どもを懲らしめて
どこが悪い! えええ、いったいどこが悪い!


♪西の国ならヨーロッパ/東の国は東洋の・・・♪
いずれの国にせよ、この頃は「ツッパリ人生」こそがトレンディ
だったのかもしれません。





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