日本史の「迷宮入り」08 西郷どんの唯一の写真?

明治維新の三傑に数えられる西郷隆盛どんには、実は
ご本人の写真が一枚もありません。 このことは西郷どん自ら
明治天皇にも告白?していますから事実だと思われます。

西郷どんと同様に維新で活躍した坂本竜馬・勝海舟・大久保
利通などは写真を残しているのに、なぜか、西郷どんだけには
その「写真」がない?・・・のです。

一般によく知られた西郷どんの「ギョロ目の肖像」は、いわゆる
「お雇い外国人」であるキヨッソーネによるもので、しかも
西郷どん(1828-1877年)本人を直接にモデルにしたものでは
なく、弟の西郷従道(1843-1902年)の顔と、従弟・大山巌
(1842-1916年)の体つきを合成して描いたとされています。
※西郷どん死去の六年後ではモデルになるのは無理?

ですから、この肖像画の評価は分かれています。

西郷どんを知っている人たちから特段の異議?がなかったと
いう根拠をもって「きっちり似ているハズだ」とする評価もあり
ますし、逆に西郷どんの奥さんが小首を傾げたらしい?ことを
もって「やっぱり似ていないんだゾ」とする意見もあるようです。

さて、肖像画の方はいくつか描かせているのに、写真の方は
本当に一枚もない?ということでしたら、それは西郷どん
ご自身が写真を意識的に避けていた、とも考えられます。
では、なんでそんなに写真から逃げ回る必要があったのか?

イメージとは裏腹に、魂を抜かれるという迷信にビビっていた?
よほどのハニカミ屋で、極端な「写真嫌い」だった?
それとも、なにか「写真を撮れない」事情を抱えていた?
この点については現在でも明確な答は出ていないようです。

ただ、風雲急を告げるこの時期に「西郷どんの顔写真」が
世間に出回れば、それだけ「暗殺」のリスクも高まるために、
それで、敢えて「写真」を撮らなかったという見方もできます。

もしそうだとすれば、これは決して自分の死を恐れたということ
ではなく、むしろそのことによる世情の混乱を避けるがための
配慮だったのでしょう。

また、外遊に出た大久保利通がアメリカから写真を送ってきた
際に「いかにもみっともないことだ」との返事を送ったそうですから
ひょっとしたら、この西郷どん、自らの写真をひけらかすことは
「醜態」であるとの美意識を持っていたのかもしれません。

しかし一方では、通称・「フルベッキ写真」と呼ばれる
宣教師・フルベッキの親子を囲んだ総勢四十六人が並ぶ
幕末期?の集合写真の中に、実は当の西郷どんが写っている
という意見もあるのです。

一時期、この写真は西郷どんを始め坂本竜馬・大久保利通・
伊藤博文・岩倉具視・大隈重信・桂小五郎・勝海舟など維新の
功労者がオールスター・キャスト?で勢ぞろいしているモノと
されたこともありましたが、現在ではさすがにそれは怪しいと
いうことになっています。

いずれにせよ、西郷どんの写真は本当に一枚もないのか?
もしそうなら、なぜ撮らなかった・撮らせなかったのか?
これは即座に答が出るテーマでもなさそうですので、
今回「迷宮入り」に加えた次第です。

画像













さて、諸般の状況を整理してみると、上の「フルベッキ写真」
どうも幕末ではなく、明治元・二年ころになって佐賀藩の
若者たちを撮影したもの、かもしれないということです。

実はこの時期、西郷どんは世界情勢に明るいフルベッキの意見を
聞くため隠密裏の面会を果たしているのですが、その折、それを
歓迎したフルベッキが、自らが指導する佐賀藩の若者たちにも、
このスケールの大きな政治活動家・西郷どんにひと目会わせて
おきたいと考えて、呼び寄せた結果が、この集合記念写真?に
なったとする見方です。

ですから、大の写真嫌い?の西郷どんも、アドバイザーである
フルベッキからこんなお願いをされてはさすがに断わることも
できずに、それでおとなしく写真に納まった・・・ということも
考えられるわけです。

それを事実だとした目で見てみると、実は大多数の若者の中に
一人だけ明らかに中年の風貌を持った大柄な人物がいることに
気がつきます。

それも、中央のフルベッキ親子のすぐ上という最も目のつく
位置に立っているのですから、写っているとしたらおそらく
この人物が当の西郷どんなのでしょう。

それなら西郷どんの写真は少なくとも一枚はあったということに
なりますが、ただ、この時の西郷どんの一連の行動はあくまでも
国家機密?であり公には出来なかったので、明治天皇にさえ
正直な告白ができなかった・・・あるいは、多忙の最中だった
ために、この写真のことはすっかり失念していた・・・?

~自分の写真をひけらかすことは醜態である~
西郷どんが現代日本人にも人気があるのは、実はこの辛口の
美意識の中に「原・日本人」を感じているから・・・ということなの
かもしれません。

ただしかし、すべての辛口人間がこの西郷どん並みの人気を
得られるかといえば、昨今はその逆のケースが圧倒的に多い
ワケですから、どうか皆さま、暮々もご用心くださいネ。
~物言えば 唇寒し 秋の風~





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