日本史の「デジャヴ」03 暗殺疑惑編

どちらも「暗殺」だったと受け止めた方がお話のスジが通る気も
するのですが、公式にはどちらも「そうではない」ことになって
いますので「疑惑」という言葉をつけ加えています。
その暗殺?の犠牲者は天智天皇と源頼朝です。

もし「暗殺」だとしたら、プンプン臭う「容疑者」がいるという点、
また、その「動機」とみなせるハッキリとした「政治的背景」が
あったという点でも共通しています。

時代順にまず天智を見てみると、この場合の「政治的背景」とは
外交路線の違いということになるのでしょう。
なにせ無謀にも「唐・新羅連合軍」に挑んだ天智は、結果として
白村江の戦い(663年)でメッチャンコの惨敗を喫しているのです。

この戦いで勢いづいた唐が改めて侵攻してくることを心の底から
恐れた天智は、祖国防衛の意味から新羅・百済・高句麗からなる
朝鮮半島に対して、頑なな「親百済路線」をとりますが、政敵?
大海人皇子(後の天武天皇)は逆に「親新羅路線」をめざします。

つまり、このとき国内・実力者の外交方針がハッキリ二分された
状況にあったことになります。 超大国・唐が本気で攻めてくれば
万事休す! この国家存亡の危機において、早急に「国論の
一本化」を図る必要に迫られていた、まさにその時でした。

時代は違うものの、もう一人の源頼朝も実は同じような立場に
いました。
それまでは武士団の後押しを背景にして「朝廷との対決姿勢」を
貫き、曲がりなりにも「幕府」という武士団独自の行政機関?を
運営し始めるところまではこぎつけたのですが、これで安心して
しまったものか急にふらついた姿勢を見せ始めます。

自分の娘を朝廷に嫁がせるべく頼朝が見せた露骨な姿勢、
結果的にはこれがマズかった。
このことは後援会・武士団からすれば、頼朝が「反朝廷路線」から
「親朝廷路線」へ変節したもの、すなわち「我々を裏切った」という
解釈になるからです。
すなわち、幕府内における内政方針が分裂したということです。

もっとも、頼朝自身は武士団の「そんな思い」には鈍感だったよう
ですが、武士団にとっては立ち上げたばかりの武家政権を存続
できるか、それとも朝廷側に「呑み込まれて」しまって昔に逆戻り
するかの「歴史的な大きな岐路」だったことは間違いありません。

つまり、天智と頼朝のどちらのケースも、国家・国民が「国家的・
歴史的な岐路」に立っていたまさにその時、その中心にいた人物
がポックリ死んだ点において酷似しているわけです。
天智は672年(47歳)で、頼朝は1199年(53歳)でした。

そしてその結果、その後は「死ななかった側」というより、ひょっと
したら「暗殺犯?」側の意志が貫かれることでその後の国家の
方向が決定されていくことになるわけです。

天智の場合は、大海人皇子(天武天皇)がその後の政権を握り、
その血筋が百年間ほど政権担当を続けましたし、また、同様に
頼朝の場合も、実質的に武士団(代表?北条氏)がその後の
政治権力を握り、その血筋もやはりその後百年間ほど実質的な
政権担当を担い続けることになります。

そういう意味では、天智と頼朝の死には「大きすぎる?共通点」が
隠れているように思えてなりません。
仮にこの二つが「暗殺事件」でなかったとしても、国家が瀬戸際に
追い込まれた状況になった折には、その余波として「要人暗殺」が
起こりやすいことは幕末などの経緯を思い出せば一目瞭然です。

画像 ちなみに「公式発表?」では、
 天智は「病死」、頼朝は「事故
 死」ということになっているよう
 ですが、どちらの場合もその
 経緯については必ずしも
 詳しくは触れられていません。
 出展:クリッププロジェクト

 後世になって天智は「馬乗り」
 の最中に「行方不明」になった
との説明も登場していますし、頼朝の場合も公式見解?では
あくまでも「落馬」がそもそもの原因だとされているようです。

この点は偶然でしょうが、両人とも「馬」がらみの死因になっている
ことは「デジャヴ」とタイトルするには好都合?な共通点です。

たった一人の人間を殺すことで、国家の方針が大きく変わる・・・
現代日本にはこれほどの大きな影響力を持つ人物がいないため
に「暗殺事件」が発生しないと考えるなら、これは素直に喜んで
いいのかどうかはまことに微妙なところかも知れません。

逆に言えば、その後の日本は「暗殺事件」を発生させないために
国家としてその責任の所在場所を徹頭徹尾ボカした制度・仕組み
を作り上げた、とも言えるのではないでしょうか?

だってそうでしょ。 大変に誤解を招きやすい表現になって恐縮
ですが、「原発」にせよ「消費税」にせよ、誰か要人一人を暗殺す
ることで国の方針がコロッと変わるということは、とてもじゃないが
考えにくいことですものね。

ですから、その国民であるワタシも国の方針に従って、仮にこの
記事にとんでもない誤解や明らかな間違いがあった場合にも、
「これは実はワタシではなく、ゴーストライターが書いたもの」と
言い逃れて、徹頭徹尾、責任の所在をボカすことを画策している
わけです。


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