日本史の「迷宮入り」03 なんで前方後円墳?

昔の子供達の夏休みは「どっちが前だか後ろだか分からない」
と言われるくらい真っ黒に日焼けして遊び呆けたものです・・・
というのがマクラで本題の「前方後円墳」に入りますが、これも
実際「どっちが前だか後ろだか分からない」という点では同じ
ようなものです。

確かに、字義からすれば「前が四角で後ろが丸型だよ」と言って
いるワケですが、この「前・後ろ」って本当に正しいの?
この言葉を最初に使ったのは、「寛政の三奇人」に数えられる
国学者・蒲生君平の「山陵志」(1800年頃)だとされています。
※この場合の「奇」は「ケッタイな」ではなく、「優れた」という意味だそうです。

では、彼はどうやって「前と後ろ」を判別したのでしょうか?
こう説明しています。
「この形状は、『宮車』をデザインしたものであるからして、
すなわち四角い部分が車の『前』に当たるのであるゾ」

画像 出展:wikipedia 前方後円墳  
 不幸にしてワタシはこの『宮車』
 がどういうモノか知らないので、
 この説明が妥当なのかどうかは、
 実際のところよく分かりません。

 しかしながら、彼は彼なりの
 確たる理論武装も用意した上で
 「前が四角で、後ろが丸型」と
 判定したのでしょう。

さて、問題はこれが「正しい」判定だったかということです。
つまり、既に定着した感のあるこの言葉通りに、本当に「前が
四角で後ろが円形」なのかどうか?

ひょっとしたら、まったく逆で「前円後方墳」だったとか、もっと
ひょっとしたら「右方左円墳」だったとか、いうことだってないとは
言えないような気もするのです。

だって、「刀」は腰に差しているときは束部分が前ですが、イザ
それを抜いて戦う段になったらやっぱり刃の方が前でしょうし、
「雨傘」を差すときには「上下」はあっても「前後」の概念は
ありません。

それに、そもそも「前後」とか「上下」とかの属性を持たない代物
である可能性だってないわけではありません。
なにしろ「お墓」ですから、そこには信仰が絡んでいます。

合理的とは言えない要素を多分に包含しているのが信仰です。
その非合理的な信仰に対して、「やれ、こっちが前だ、後ろだ」
という合理的・現実的な解釈を加えること自体が、はたして
正しいアプローチなのかどうかという問題も残ります。

とにかく、この「前方後円墳?」のひとつひとつは総じてデカイの
ですから、このデカさについても、また「前・後ろ」についての
議論にも、その前提として当時の宗教感・信仰心を解き明かす
必要があるような気がしてます。
※古墳のデカさについてはいずれ取り上げるつもりです。乞うご期待!

さて、この「前方後円墳?」の建設もやがて終焉を迎えます。
以下はwikipediaから。

~6世紀になると前方後円墳の造られ方に変化が生じてくる。
関東地方以西ではほとんどの前方後円墳の規模が縮小し、
墳丘長100メートル以上の規模の比較的大きなものは九州の
岩戸山古墳、尾張の断夫山古墳など一部を除くと、奈良
盆地内や古市古墳群など、畿内に集中するようになる。~

少しは驚いて欲しいのですが、この記事にある「尾張の断夫山
(だんぷざん)古墳」
って、実は拙宅の近くにあるんですよ。
で、一時はワタシのお散歩コースにも組み込んでいました。

また、その少し南には「白鳥古墳(しろとりこふん)」もあり、
これは「ヤマトタケル」の墓、断夫山の方はその妻である
「宮簾姫(みやづひめ)」の墓、ということに一応はなっています
・・・が、これは少しばかり怪しい気もしています。

お話が逸れてしまいましたが、ではその「前方後円墳?」をどの
ように解釈したらいいのかという問題に戻って、ワタシ独自の
見解をご披露しておきましょう。

この古墳を地上に立って見ていては何の解決になりません。
これは、ちょうど南米ペルーにある「ナスカの地上絵」のように、
大空から見るべき造形なのです。

そうして「上円下方」の角度で見てみると、ちょうど大きな「鍵穴」
の形になっていることに気がつくはずです。
そうです。この古墳の形状は本来「鳥瞰上円下方墳」、または
単に「鍵穴状墳」と呼ぶべきものなのです。

では、何の「鍵穴」か?
そんなもん、決まっているじゃありませんか!
ここは「お墓」なんですよ。
だったら「この世とあの世」を仕切るドアの鍵穴で決定でしょうに。

「前方後円墳」の命名者・蒲生君平サンには申し訳ないのです
が、そういうことで納得してもらいたいと思います。

ちなみに、一部の専門家?の間ではこの独特の造形を、
「ナスカの地上絵」に対抗して、「アスカの地上絵」と呼ぶことに
していると聞いています。・・・ホント?


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この記事へのコメント

ぽんぽこ
2012年09月15日 08:27
おはようございます。
実は団地インテリア
http://interior.blogmura.com/interior_danchi/
にカテゴリー戻しちゃいました~。
ナチュラルインテリアのカテゴリーにしたら
アクセス数ガタオチしちゃったので(汗)
いろいろご迷惑をおかけしますが
これからもよろしくお願いしまーす。

仁徳天皇陵を見たくて堺市役所21階舎の展望台にのぼったことがありますが
それでも山のようにしか見えなかったです。
古墳って鳥目線で作られてるなーと実感しました。

古墳っていろんな方向をむいていて一定しないので
方位歴をあらわしているという説もあるみたいですね。
住兵衛
2012年09月15日 17:13
お知らせありがとうございます。
カテゴリーを変えてアクセスすうに変化があるということは、ぽんぽこさんの熱烈ファンも多いようですね。
古巣に戻って再度のアクセスアップを!
住兵衛
2012年09月18日 18:10
「あれっぷどっどこむ」さんへ
おっしゃるとおり、平和はありがたいものですね。
トラックバックありがとうございました。
今後ともよろしくお願いします。


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