日本史の「忘れ物」09 歴史学者のミスリード?

ばっちりネクタイは決めたのに、ズボンを履き忘れている。
けっこうチグハグな姿ですが、現在使われている「歴史用語」
の中にも、この姿を連想させるモノがあるような気がします。

気になる事例として・・・たとえば江戸時代の「三大改革」と
いう名称がありますが、これって本当に「改革」でいいの?
ひょっとしたら、これはこの時代を包んでいた「儒教」という
強烈な「思想」「信条」を意識的に軽視した命名なのでは?

儒教の最大の徳目は「孝(親孝行)」のハズです。
簡単に言えば「親には楯突かない」、親と意見が異なった場合
でも、それは「親の意見の方が正しい」とする考え方ですから、
必然的に「親の言うことには間違いなんぞあるわけがない」と
いうことになります。

その思想を拡大すれば当然、「(天下の主人である)徳川家に
楯突くことは断じてよろしくないゾ!」という理屈になりますから
家康はこの点に大きなメリットを見出して、幕府の公式学問?
として取り入れたものと考えられます。

ところが、「江戸時代の三大改革」という表現を用いることは、
すなわち、~徳川家先輩達の治世には間違いがありました、
(少なくとも、)欠点があったからこれを正しました~という
意味合いに受け取れます。

しかし、これはあたかも親に口応えをするかのような発想で
あり、「孝が絶対」の「儒教」においてはあり得ないのですから
絶対に変で、奇妙で、場違いな用語と言えるでしょう。
でも、なんでまたこんなことに・・・?

 出展:wikipedia 徳川吉宗
画像 この矛盾は、意外に簡単に
 解決できました。
 なんてことはありません。
 以前は「○○の治」と受け止めて
 いたようなのです。
 つまり、正徳の治・享保の治・寛政
 の治・天保の治です。

 ところが、どんな事情があったもの
かは分かりませんが、後世の歴史学者の先生たちがそれを
「改革」と命名したらしいのです。
では「治」と「改革」はどのように違うの?

「治」という表現なら、もともとの「祖法=家康の方針」と現況との
間に幾分のズレが生じたため、これを「調整」し、本来あるべき
「もともとの方へ戻した」ほどの意味合いになりますから、
「祖法」を批判したり否定していることにはなりません。
しかし「改革」はいけません。 はっきり言ってペケです。

両方の字義は「改(あらた)める」であり、「革(あらた)める」こと
ですから、字義通りに解釈すれば、「祖法=家康の方針」には
間違いまたは欠陥があったので、それを今回「あらためました」と
言っていることになります。 

江戸時代は、その儒教の基本方針に基づいて、ずっと「権現様
(神格化された家康)のご意向に沿う」ことを旨としていたのです
から、「祖法に欠点がある」という発想そのものがなく、ましてや
そのないはずの「祖法の欠点」を改良するなどという考え方が
出てくるはずがありません。

つまり、「改革」と言う表現を用いることは、すなわち「親に意見
に楯突いた」ことになってしまいますから、これはまさに「ズボン
(儒教)を履き忘れている」表現と言えるのでは?

むしろ逆で、「祖法を遵守」することに一生懸命でいろいろ制度を
いじることにも、より「元々」に近づけるための作業をしている
のだ、とする強い信念があったものと思われます。

その意味からも、「○○の改革」という命名ははっきり「間違い」で
あると言っていいのではないでしょうか。
ところが、なまじ「三大改革」との表現が定着してしまったために
現代日本人にとってはお話がややこしくなってしまいました。

徳川吉宗・松平定信・水野忠邦はその偉大な「三大改革?」を
実行した人物として過分?な評価を得ていますが、その反面、
その「三大改革?」に当選できなかった新井白石・田沼意次など
の「仕事ぶり」は見事に過小評価(というよりマイナス評価?)を
受けるハメになりました。

脱儒教的?改革をめざした田沼意次などは「ワイロ政治家」の
汚名を着せられ、ほとんど「極悪人」扱いされていることが、
その言い例です。
これも「ズボン(儒教)を忘れている」見方と言えるでしょう。

よく知られたように「儒教」には「士農工商」という身分概念が
あります。(「士」は元来は「武士」のことではない。)
その最下位にランクされる「商人」を「武士」はどのように見たか?

「商は詐なり(つまり、商業はペテンであり正業ではない)」
少なくとも、寛政の改革?の松平定信はこのように見ていたよう
ですから、こんな信念を強く持った人物が商業を重視しようとする
人々(たとえば田沼意次)をどのように見ていたのかは容易に
想像がつこうというものです。

「奴はペテン師(商人)どもとツルんで武士のクセして平気で
儒教違反?を犯すような恥知らずなメッチャ極悪人である」
当然こうなります。

松平定信ご本人がそのように考えたとしてもそれはそれで一向
に構いませんが、ところが、後世の歴史学者が示した命名の
せいで、現代人もそれに引きずられた見方をしているとしたなら、
これはいささか「問題あり」ということにはなりゃ~しませんか?

そこに「儒教による偏見」が存在していることに気がつかないと
したら、ワタシのように素直な人の解釈はこうなりかねません。
~大改革をリードした偉大な人物が、アイツのことを悪人と
  評しているのだから、その見方は正しいハズだ~

結果的に、「三大改革」という命名はこのような見方を誘導して
いることになってしまっています。
ネクタイの結び具合を気にするその前に、やっぱりきちんと
ズボン(儒教の思想)を履いていることの方を確認することが
大事であるように思えます。

もっとも、そんな偉そうなことを言っているワタシも、実は先の
歴史学者さん達に負けないくらいの振る舞いの連続です。

メガネのままで顔を洗おうとしたり、昨日会った人の名前が出て
こなかったり、たったいま手に持っていたモノは一体どこへ?・・・
江戸時代の政治状況はともかくとして、少なくとも私の日常生活
には「三大改革」が絶対に必要です。


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  • 日本史の「忘れ物」11 時代の透明人間

    Excerpt: 庶民の暮らしぶり・・・歴史の中でも案外よく分かっていないのが、 ここのところだという話を耳にしたことがあります。 なるほど、そりゃあそうかも・・・みんながみんな朝日文左衛門の 真似をするわけには.. Weblog: ヤジ馬の日本史 racked: 2013-01-26 19:25