日本史の「ツッパリ」03将軍と墓石入牢

八代将軍・吉宗と尾張藩・宗春、この二人、相性が悪かった。
不倶戴天の敵(ふぐたいてんのてき)と言ってもいい。
ちなみに語呂は少し違うが、フグの大天敵(ふぐのだいてんてき)
とは、実はグルメ人間(美食家)のことである。

徳川家康は晩年に誕生した三人の男子に将軍家に次ぐ地位を
与えている。九男・義直(尾張藩)、十男・頼宣(紀州藩)、十一男・
頼房(水戸藩)で、これがいわゆる「御三家」である。

(「人生50年」の時代に家康は60歳で「子づくり」、凄い!)

画像 将軍本家に後継者がいない場合には、
 この御三家から次の将軍を立てること
 になる。 これは、朝廷の「宮家」を
 見習ったもので、つまりは将軍家の
 「危機管理」であり、「血筋のスペア」
システムだろう。 ※参照 ~日本史の「パクリ」02天照と東照~

七代将軍・家継がわずか八歳で早世し、将軍家の血筋が絶えた
時に、家康のこのアイデアが機能することになった。
このとき、八代将軍の候補には「尾張の継友」と「紀州の吉宗」が
上がった。 

御三家のもうひとつ、水戸藩は水戸光圀の言葉にもあるように
「徳川本家は親戚頭に過ぎず、本当の主君は天子様だゾ」との
立場を取っているから、将軍を出すことはない。

結局、「紀州の吉宗」が将軍の座に収まったのだが、実はこの
選抜経緯には多くの謎が残されている。
(このことについては、今回はパスにしておこう)

この将軍職争いによるシコリもあって、尾張・継友の弟・宗春は
将軍・吉宗に徹底的に逆らう態度を取り続け、そのことがまた
吉宗の頭にカチンと来るという悪循環に陥ることになる。

たとえば、不景気の対策として、質素倹約を自ら率先垂範する
将軍・吉宗に対し、尾張・宗春は逆にド派手な金使いをした。
お互い腹の内にはこんな思いを抱いていたのかも知れない。

吉宗 「宗春はアホウだ。こんな不況の時に散財しおって!」
宗春 「吉宗はタワケだ。こんな不況の時に節約してやがら!」

~幕府や藩のぜいたくは無用のぜいたくにあらず。民をうるおす
“公共投資”なり~
 宗春にはこんな考えがあったとされ、確かに、
お膝元・名古屋には人も集まり芝居も盛んになり、後に芸どころと
呼ばれるようになっていったのは事実だ。

だが、本当にこの理路整然とした「経済理論」を宗春自身が
持っていたのか、といえば実はちょっとビミョーなところだ。
むしろ、吉宗が「右」と言うなら俺は「左」にするという気持ちの
方が優っていたように見えなくもない。

だからこそ、「宗春憎くし」の感情が極まった吉宗は、従来の
「御三家」に加え、新たに「御三卿」を設立したのだろう。
これは将軍職レースから尾張藩を締め出すための方策であり、
つまりは、反尾張グループ(尾張排除網)を構築したワケだ。

さんざんにタテを突き続けた宗春は、結局のところ「隠居謹慎」に
追い込まれ、その後の行動に不自由を強いられた。
尾張藩自体も一旦は幕府に召し上げられた上で、改めて新藩主
に下されるなどの処置を受けている。

簡単に言えば、政策の優劣・民の人気の面ではともかく、宗春も
「将軍の権力」には勝てなかった、ということなのだろう。
宗春のこの「蟄居生活」は長く、実質的には44歳から69歳で
亡くなるまでの四半世紀に渡っている。

その上、死後も「罪人」だった。
宗春の死後、墓を金網で覆い、仮想「牢屋」へに閉じ込めたと
いうのだから、宗春のツッパリぶりも、それに対する吉宗の
怒り・お腹立ちもハンパではなかったことが想像される。

ちなみに、宗春の死は1764年のことであり、吉宗の死が
それより十数年も前の1751年のことだから、吉宗は生前にその
「入牢」措置を「遺言」しておいたのかもしれない。
かなり、シツコイ奴だ。

その墓石の金網が外されたのは、1839年?頃だとも言われて
いるが、これが正しければ、宗春は「死後・懲役75年」の刑を
受けたことになる。 終戦から現在までの時間が「まだ67年」と
いうことを考えれば、さすがに長い!

宗春の前名は「通春」といい、「宗」はその将軍・吉宗から
偏諱(へんき)を賜わったものだ。 さてさて、二人はあの世でも、
まだしつこく「延長戦」を続けているのだろうか?

上の絵は、宗春愛用のキセルで、その長さ二間(3.6メートル)。
この先を茶坊主にかつがせて領内を練り歩いたとされているが、
これにはもちろん、吉宗への「あてつけ」があったハズで、この
行状を知った吉宗がまたまた怒り心頭の思いを持ったことは
容易に想像できる。 ~イラスト出展:JTたばこワールド~

長さ二間のキセルなんて、結構「絵」になると思うのだが、
この宗春が「大河ドラマの主役」に座ったことはない。そのことを
いささか残念に思っていたところ、「NPO法人宗春ロマン隊」
その実現に向けて活動しているそうだ。
胸を張って宗春を応援しようゾ!


~日本史の「ツッパリ」02崇徳の憤懣遺言~
~日本史の「ツッパリ」01金銀入歯組~


あなたの1日1クリックで!→ にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ ←勇気凛々瑠璃の色!

あなたのホンネも→ 5バツグン 4よろしい 3まあまあ 2イマイチ 1スカタン
              ~励みになります。ご協力ありがとうございました。~

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック