日本史の「女性」03呪詛と空前自害

いきなり、「さんま」である。
もっとも、秋の味覚のサンマとか、司会者のサンマではない。
室町八代将軍・足利義政の時、この「三魔(さんま)」という
言葉が見られたそうだ。 文字通り「三人の悪魔」の意味だ。 

この三人とは「おい・あり・からす」のこととされ、その
「おいま」とは将軍・義政の乳母であり側室である「今参局
(いままいりのつぼね)
」を指す。

ちなみに、あとの「二魔」とは烏丸資任、有馬持家だとされて
いるようだ。
つまり、この三人は、義政の周辺にはびこる「奸臣」と
見なされて、思い切りの悪口を言われていることになる。

今参局の説明、「乳母兼側室」が少し分かりにくいが、義政
より十歳以上?年上の女性で、当初は乳母を、義政の
成長後は側室を務めた、ということになっている。
だから、義政にとって今参局は「大好きな女性」だった、と
思われる。

昔の「乳母」は、単に「乳の出る女性」というだけでなく、
「プロの養育士」という一面も持っていたから、乳子?・義政に
対する影響力は、現代人が想像する以上に大きい。

さらには側室までも兼任していることを考えれば、今参局の
発言力・権力が大きくなるのも当然なことである。
そんな折(1459年)、将軍・義政は正室・日野富子を迎えた。

富子には「正室」としてのプライドがある。 だが、今参局に
してみれば富子は「新参者」だ。 義政周辺の派閥抗争が
にわかに激しくなったとしても無理はない。


画像 出展:wikipedia百鬼夜行
 この当時の政治状況は
 不安定なものだった。
 なにせ、将軍・義政が
 政治に見向きもしない
 のだから無理もない。
どうせなら三魔でなく、将軍「義さ」を加えて四魔として
おきたかったくらいのモノだ。

折も折、正室・富子は子を生んだ。
ところが、この子がまもなく死んでしまうのである。
義政の母・日野重子が、「これは今参局の呪詛によるもの」、
まあ、早い話が「富子が生んだ子を今参局が呪い殺した!」と
騒ぎたてたわけだ。

複雑な人間関係なので、少し整理しておこう。
将軍・義政の正室・日野富子から見ると、将軍・義政の
母・日野重子は「大叔母」(富子のおじいちゃんの妹)に当たる。
母も妻も日野氏、義政は「日野氏」の大きな勢力に包まれて
いたことになる。 当然、今参局はそこには仲間入りできない。

義政の母・重子による「呪詛告発」により、義政は「母&正室」を
取るか、「乳母兼側室」を取るか、の決断を迫られたことになる。
結局、義政は「母&正室」を取った。 
義政にとってはメッチャ「怖い母親」だったのかも知れない。

今参局は、結局「有罪判決・流罪」を言い渡された。 
そんな「呪詛」ごときの迷信に基づいて「流罪」なんて、そんなの
むちゃくちゃだと思うのは現代人の感覚だ。

もっとも、20世紀にも、教祖が唱える「ハルマゲドン」をコロッと
信じ込んでいた一流大学出のインテリが多数いたことを思えば、
義政時代の人間と現代人との間に、さほどの差はないのかも
しれないが。

さて、その事件は、今参局が流罪地へ護送される途中に起きた。
なんと「刺客」が今参局を襲ったのである。
妻・富子が義政の心変わりを心配したために、母・重子が刺客を
差し向けた、とされている。

つまりは、妻・富子も母・重子も、義政の「優柔不断」な性格を
キッチリ見抜いていて「先手」を打った、ということだ。
ところが、この時の今参局の行動が凄かった!

覚悟を決めた今参局は、刺客の手にかかるくらいならと、自ら
懐刀を「腹」に突き立てて「切腹」して果てたのだ。
普通、女性の自害は喉を突くらしいが、そうしなかったのだから、
今参局も結構激しい気性の女性だったのかも知れない。

今のところ、この今参局が、日本で最初に「切腹」自害した女性
いうことになっている。
それにしても、この今参局といい、呪詛を申し立てた上に刺客を
送り込んだ富子・重子といい、なんという「激しさ」であろうか?

将軍・義政が政治に意欲を持てず「萎えてしまった」のは、この
家庭環境に原因があったのかもしれないゾ。
だとしたら、無責任将軍にも多少同情の余地はありそうだ。

※今参局は乳母であり、側室ではなかった、とする説もある。
※今参局の「切腹」は事実でない、とする説もある。

上記の「三魔」もそうだが、「三大○○」との言い方がある。
たとえば、「日本三大史跡」とは、平安京・大宰府・多賀城のこと
らしいし、「江戸三大改革」なら、享保・寛政・天保となる。

もっとも、「日本三大ハゲ山県」、愛知・滋賀・岡山は多分に失礼
である・・・と、愛知県人であるワシなぞは強く思う。

~日本史の「女性」02お江の将軍構想~
~日本史の「女性」01禅尼の動機~


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