日本史の「謎解き」02綱吉の可視政策

幕閣 「この点、いささか整合性を欠くような印象ですが」
綱吉 「満点理想はそうそう簡単ではない!」
幕閣 「でも、それでは民への説明にもチト困りますが?」
綱吉 「捨て置け、肝心なのは法の精神だゾ!」

将軍・綱吉による悪法?「生類憐れみの令」の対象は、犬だけ
ではなく、猫や鳥、魚類・貝類・虫類などの生き物全般に渡り、
さらには人間の赤ちゃんにまで及んだ、とされている。

※綱吉は「戌年(イヌ)」生まれであったため、特に犬を大切にしたらしい。

画像 犬については幕府自身が何万匹も収容した
 上に十分なエサも与えたとされ、この点は
 合格と言えるが、問題はそのエサとして
 白米・味噌の他に「干しイワシ」も供されて
 いることで、イワシは紛れもなく魚類である。

確かに、少なくとも魚類の扱いについては、骨抜き状態を容認
した「ザル法」だった、ように見える面がある。
それは、下記のような事実による。
第一に、保護した犬のエサとして、前記のようにイワシをゴッソリ
与えていること。

第二に、もしこの法令が厳格に運営されていたなら、漁師・
魚河岸・魚屋などからは大量の「失業者」が生まれ、いわゆる
「水産関連業界」が壊滅的なダメージを受けたハズである。 
しかし、そのことはあまり指摘されていない。

第三に、食卓から魚類が消えていたなら、食生活の急激な変化に
より、庶民の健康・長寿にも大いに影響があったと想像される。
しかし、このこともあまり騒がれた様子はない。

第四に、もしも本当に旬の魚が食べられなかったとしたら、庶民の
不満・苦情・皮肉などの「雑音」が、もう少しばかり聞こえていても
いいハズだ。

※もちろん、御政道批判とならないようにアングラ情報などの手段で。

第五に、尾張藩士・朝日文左衛門の当時の克明な日記が残って
いる。それによれば、彼はその期間に何十回となく魚獲りを
楽しんだことは記録しているのだが、そのことで「今日は
処罰を受けちゃった!」という悲痛な記事はない。

魚類に対する扱いがこの程度だったとしたら、これ以外の生類
にも一定の「お目こぼし」を容認していたのではないだろうか?
顔に止まった蚊を潰した小姓や、吹き矢で燕を撃った若者が
「厳罰」に処された事実は確かにある。

しかし、これとて将軍周辺目が届く範囲に限って、敢えて意識的に
「厳罰」を加えていたのかも知れないゾ。
蚊事件も燕事件も、将軍周辺からその犠牲者が出ていることが
傍証になりそうだ。 つまりは、民に対する幕府の「率先垂範」の
ポーズ、ということである。

また、それら以外の厳罰については、勤務評価を上げるために、
部下自らが上司に先んじて「勇み足」的に行った、と考える
こともできる。 アナタにも身に覚えがあろうが、上司に対して
「媚びる」のは古今東西そんなに珍しいことでもない。

いずれにせよ、いくつかの「常識を超えた厳罰」があったことは
事実で、そのことが人々の記憶に強烈な印象を残したことは
間違いない。 ※だからこそ後々まで「語り草」になった、と言える。

国民にモラル・倫理・人道を徹底させるための「一罰百戒」は
綱吉の苦心の作戦だったのかもしれない。
そう、荒々しい気性が残っている社会に、穏やかな平和を定着
させるには、単にスローガンを連呼するだけでは不十分との
判断から、より注目を集める方法をとった、ということである。

一方で、綱吉は「政策のビジュアル化」にも取り組んでいる。
つまり、幕府の「犬小屋建設」は、「見て分かる政府方針」であり、
言葉を変えれば「政策の見える化作戦」だった、というワケだ。

幕閣 「そうすると、この法令の罰則自体はかなりチャランポラン
    でもよろしいということでしょうか?」
綱吉 「要は、命を大切にしない荒々しい気風に一石を投じる、と
    いうワケだ。これからは人道主義だゾ!ヒューマニズム!」
幕閣 「上様は身体は小ちゃいですが、発想はデカイですね」
綱吉 「そのモノ言い、余は不満足じゃ!」

日本の歴史の幸運は、綱吉が「戌年(イヌ)」生まれであったから
「犬小屋」を建設する程度で済んだことである。
これが 子年(ネズミ)生まれ とか 巳年(ヘビ)生まれ だったと
したら、想像するだけでも、かなわんゾこりゃ~。

~日本史の「謎解き」01信長の財テク~


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