「女王と男弟」その虚構

「天孫降臨」の神話は、持統女帝(祖母)から文武天皇(孫)への
皇位継承の経緯をモデルにしているという指摘もある。
史実にヒントを得て、お話(フィクション)を創作している、
と言っているわけだ。
もしこれが本当なら、同様のスタイルで「お話」を作ったケースが
他にもあったとしても、不思議ではないことになる。
さて、これも「そのひとつ」ではないのだろうか?

昔むかしの邪馬台国は、女王・卑弥呼と「男弟」のコンビによって
治められていた。
それ以前の男王の治世時代には「国が乱れ」ていたためにその
解決策として女王・卑弥呼を立てた、という話だから、卑弥呼は
あくまで協調路線の「象徴」そのものの存在であり、政治上の
実権を握る「王」は別にいた、と考えた方が自然だろう。
では、その「王」とは誰か?

女王と行動をともにしていた「男弟」と称される人物が、その「王」
本人であった確率はかなり高い。
行動を共にし「象徴・女王」と「実際の王」との「挙党体制」を
堅固に維持することで、再び「乱世」に戻ってしまうことを避ける
必要があったものと思われる。
このような背景で「女王」と常に行動をともにしていたのは、この
「男弟」なのである。

さて、この「女王&男弟」の構図をどこかで見たことはなかった
ろうか? 実は、超有名な人物がこの構図にピッタリと当てはまる
のである。

「女王=推古女帝」&「男弟=摂政・聖徳太子」 どこから見ても、
ピッタリと一致しているのではないか。
少し、話を整理してみよう。
少なくとも、この当時の中国は日本の王を「男王」と認識していた、
という中国側・歴史書の「証言」もある。
この認識が正しかったとすれば、当然「推古女帝=象徴」であり
「摂政・聖徳太子=実際の王」ということになろう。

さらに不可解なのは、実はこの「聖徳太子」には、その実在性にも
結構怪しい雰囲気があることである。
実在がイマイチ不明確である、という点については、いまだに
いろいろな見解があるという事実がなによりの証拠と言えそうだ。


画像
~謎の聖徳太子~

さらに言えば、息子の代で、この「聖徳太子」の血筋が絶えた
ことになっている点も、怪しいと言えば言える。
太子は確かに実在はしましたが、そのご子孫はいないですよ、
という説明には、ある種の「言い訳」を感じて素直に頷けない。
都合の良い場面だけにヒョイと「ゲスト出演」をした印象だ。

しかも、相棒の推古女帝がまた、よりにもよって、本邦初の
「女性天皇」であるという点も、ちょっと「偶然」が重なり過ぎている
のではないだろうか。
仮に初の「女性」ということがあったにしろ、一人立ちしている天皇
であれば、そこへわざわざ「摂政」を立てる必要はなかろうに、
なぜか立てている。
この辺の「説明」にも、かなりの暑苦しさがある。

女帝については、もうひとつ。
この「推古」という諡号も、妙に素直ではない匂いがする。

読みかたによっては「(いにしえ)しはかれ」ともなり、
ではその「(いにしえ)」とは何かといえば、普通に
考えれば、本邦初の「女性の王」のことになってしまうだろう。
すなわち「卑弥呼」を差している。

と言うことで、ひょっとしたら「推古女帝」も「聖徳太子」も、
実際は物語の上だけに「存在」した人物なのかも知れない、
ということになる。

時の権力者にただならぬ事情があって、卑弥呼&男弟をモデル
にした架空の人物「推古女帝&聖徳太子」を創り出すことで、
都合の良いお話を展開させた、ということも充分に考えられそう
である。
(だから、中国が「王」と認識したのは、太子のモデルになった人物のこと)
これも史実にヒントを得て、お話(フィクション)を創作している、
実例のひとつなのではないだろうか。

いつの時代にも権力者による「自己正当化」はある、
とするなら、記録の上で人間の一人や二人を
「消したり作ったり」する操作はそれほど「珍しい」ことでも
ないのではないだろうか。

もしそうだとすると、聖徳太子のモデルと思われる、
この「男弟」と称された人物の正体に興味がそそられる。
では、その実像がまったく分からないのかといえば、必ずしも
そうではなく、ある程度は推測できるのである。

多分、会話がうまい上に、着こなしにセンスがあり、余裕ある
雰囲気も備えていた人物のハズである。

もう、バレているとは思いますが、懲りずに言います。
そう!「男弟」は「ダンディ」だった!
実は、この一言が言いたいためにお話を引っ張っていました。
申し訳ありません。




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この記事へのコメント

2011年11月06日 11:05
推古天皇と聖徳太子のお話、興味深く拝読させて
いただきました。
確かに卑弥呼と男弟との関係に重ね合わせることが
できますね
いつもながら住兵衛さんの観察力には驚きですw
また、寄らせてもらいます。
2011年11月06日 17:39
毎度ごひいきありがとう。励みになります。
bonbonnoさんの「Butu Road-仏道-」も拝見し、
その守備範囲が広いことに驚きました。
-仏道-のこと、ぜひ色々教えてください。
理解力不足の点は、bonbonnoさんに負けない好奇心で
補う覚悟の住兵衛です。

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