「bonbonnoさん」の快挙

本ブログに「最初のコメント」を寄せてくださった
bonbonnoさんの勇気ある「一番乗り」の快挙に
敬意を表し、本編をその名を冠したタイトルにしました。
また、それにちなんで今回テーマを「一番乗り」にしました。


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「一番乗り」は多数の中のたった一つ、即ち「特殊」であり、
その他の全部、即ち「普通」とは明らかに異なる存在です。
だから仲間の「和」を重視する日本では「一番乗り」は
「和」の裏返しとして、実はあまり好まれません。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 
このような説明は一般的であり、まあ妥当なところでしょう。
でも、これだけではないような気もするのです。

さて、「一番乗り」(言葉を変えれば時代の「先駆者」)
日本史上最高の達人は誰か?
この問いに対する回答として「織田信長」を用意しない人は
まずいないのではないでしょうか。

※ちなみに信長は地元・尾張の出身です。どうぞごひいきに。

①組織 ②軍事 ③政治 ④経済 ⑤宗教など、どの分野の
改革実績からしても、信長は間違いなく「一番乗り」の達人です。
①組織に競争原理を取り入れ、②ハイテク兵器を活用し、
③中央集権システムを構築し、④経済活動の規制緩和を行い、
さらには、⑤宗教勢力(実態は武装財閥・圧力団体)の解体などの、
いわば「社会全体構造改革」に立て続けに「一番乗り」を
果たしています。

で、その信長はその後どうなったのか?
これらの構想の全体を実現・完成させる前に、
実にあっけなく部下によって暗殺されてしまいます。

もともと、和が大切=抜群でないことが善、との信条が
定着していた社会に、先駆者=周りから潰される、という
歴史的な実例を示したのが、この暗殺事件だったわけです。

このことは、これより以後の日本人の心に大きな衝撃
(トラウマ)を与えたように見えます。
簡単に言えば、「先駆者」たらんとすることよりも
「命あっての物種」の考えの方が、それ以前よりさらに
強くなったばかりか、その「信仰」が現在でも
生き残っているのではないか、ということです。

学校の運動会の「かけっこ」で一等賞・二等賞を
決めないで生徒全員を一律に「参加賞」にするとか、
飛びっきり頭の良い生徒でもなかなか「飛び級」の
扱いにはしない、などの出来事は、結局「一番乗り」の
登場を避けたいとする日本人特有の深層心理が
どこかで働いているからなのではないでしょうか。

そういう意味では、日本社会は現在でも心の奥底に
「信長暗殺事件」を引きずっているように見えます。
逆に言えば(何事にせよ)「一番乗り」を、それなりの
快挙として歓迎できるようになったときに、初めて
日本人は「信長暗殺事件」の長い長いトラウマから
解放されるのだ、と言えるのかも知れません。

ですから、今回のbonbonnoさんのコメント投稿を、
素直に「快挙」と言える私は、そのトラウマからの開放の
「一番乗り」を果たした人間、ということにもなるワケです。
めでたし、めでたし。




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この記事へのコメント

bonbonno
2011年10月11日 00:01
こんばんは
記事にしていただきありがとうございます。
なるほど「一番乗り」に掛けて見事にまとめてますねw
住兵衛さんの文章は読み物としても大変楽しめます。
また、寄らせてもらいます。
住兵衛
2011年10月11日 11:45
bonbonnoさん、早々のコメントありがとう。
今後とも「ヤジ馬」をぜひぜひご贔屓に!
その節は/コメント/ブログ玉/記事内のバナークリック/の豪華3点セットもお願いします。

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  • 「目次」 ~2012・03・31

    Excerpt: 気がついたら、スタートから半年ほど経っていましたので、 これを機会に今までの記事を一覧整理してみました。 今後ともよろしくご愛顧のほどお願いいたします。 by 住兵衛 Weblog: ヤジ馬の日本史 racked: 2012-03-31 15:00