~早とちり六角堂~

宗祖・親鸞さんの浄土真宗が、日本仏教としてやや異色と
言えるのは、やはり「阿弥陀如来」が絶対という態度であろう。
ということで、今回はその親鸞さんの有名なエピソードである
「六角夢告」の意味合いを探る内容になった。

お話はこうだ。
たぶん、自身の結婚問題も含め信仰上の課題を抱えていた
のだろう。 29歳の親鸞さんは京の六角堂において期間百日の
「お篭り」にチャレンジするのである。
なぜ六角堂をチョイスしたのか、それはよく知らない。 
また、なぜ期間を百日にしたのか、それもよく知らない。
そこは親鸞さんのことだからそれなりのお考えがあったのだろう、
と好意的に解釈することを優先させよう。

だが「お篭り」を始めてから95日目のことである。
親鸞さんの夢枕に「救世観音(聖徳太子)」が現れ、こう言った。
「お前が真面目に結婚を考えているなら、私がきっちりサポート
するヨ。」 この「偈(げ)」により、抱えていた問題も一気に解決
したものか、親鸞さんは予定を切り上げ「お籠り」の終了を決意
するわけである。

それにしても、である。
95日目に「偈」を得たことで早々に予定変更した親鸞さんの
行動に問題はなかったのだろうか?
あと五日を残しているのだから、なにもこうまでせっかちになる
ことはなかったのではないか、と言いたいのである。
たとえば時間100分の試験をとき、あと5分の時間が残って
いたら、大方の人は書き損じや誤答がないかなどと、自分の
解答を見直すでしょうに。

それと同じことを親鸞さんもやるべきではなかったろうか。
ひょっとして96日目に再び「救世観音」が現れて、こう言ったかも
しれないではないか。 「スマン!昨日の偈は当方のミスだった。
なかったことにしてくれ」
残り五日分を短縮した機敏な行動を「勝ち逃げ」と言うべきか
「早とちり」と解釈すべきか、は実に難しいところである。

それと、もうひとつ分りにくいのは親鸞さんのその後の生き様で
あろう。 親鸞さんの最終的な信仰対象が「阿弥陀仏」に
落ち着いたのは、冒頭にも書いた通りであるが、ではなぜ、
嬉しい言葉を掛けてくれた「救世観音」ではなかったのだろうか?
いうなれば、サッカーコーチのアドバイスを受けておきながら、
ちゃっかり野球の選手になったようなもので、イマイチ釈然と
しないのである。 ひょっとして、ここにも親鸞さんの「早とちり」
はなかったのだろうか。

また、親鸞さんは明治時代になってからもその「実在性」が
疑われたそうだが、実在した証拠を後世にしっかり残して
おかなかったことも、親鸞さんの「早とちり」癖に原因が
あったのかも知れない。

まあ、しかし人間誰しも早とちりはあるもので、先日のこと、
新聞広告に大きく「ウコン」と書かれていたのを、私の目は
しっかり「ウンコ」と読んでいた。

この記事へのコメント

ちょっと
2013年01月10日 15:27
揚げ足とり…はいなめない。
屁理屈だよ、これ。真摯に人生を考えていた若い日の親鸞が夢告にかられて法然さまを訪ねるには十分な根拠となりうる宿報偈。ウコンの間違いと準えるのは滑稽。
住兵衛
2013年01月10日 18:32
”ちょっと”さんへ
ご指摘ありがとうございました。

聞くところによれば、元々信仰の世界には奥深いものがあって、この親鸞さんも決して「早トチリ」ではなく、この行動に矛盾はないとのことでした。
それなら、「早とちり」をしていたのは親鸞さんでなく、このワタシが真犯人ということになります。
~親鸞さん、ぬれ衣を着せてしまってまことにゴメンなさい! こんな悪人?のワタシですが、どうかその節は間違いなく浄土にお導きくださいますよう。~

”ちょっと”さん、これに懲りず今後ともビシビシご指摘をよろしくお願いします。

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