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zoom RSS 日本史の「付録」07 トレンディ学問アラカルト

<<   作成日時 : 2018/06/30 00:01   >>

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一口に学術・学問とは言うものの、たとえば漢学/蘭学/洋学/
国学/儒学/朱子学
など、日本史の中には実に多くの名称が登場して
いることに気が付きます。
仮にそうした字面に出くわしても、筆者なぞは、まあ大方の場合、自己流の
勝手な解釈でお茶を濁していますが、少し拘って探ってみると、そこには
それなりに深い意味があるようです。

たとえば「漢学」・・・この「漢学」なるものについても、単に、
〜漢字で書かれた学問であって、あくまでも中国製の学問〜程度にしか
捉えていませんでしたが、実際にはこれだけの理解では不十分なようです。
というのは、江戸中期くらいまでは中国以外の外来学術・学問なども、
ひっくるめて「漢学」としていた事実があるからです。

考えてみれば、こうした外国からの「新知識」は概ねのところは中国の書籍を
通じて入ってきていたわけですから、これら舶来の学問をひっくるめて、
一律に「漢学」と呼んでいても特段の不便はなかったかもしれません。
仮に原産地?がヨーロッパであっても、一旦中国で缶詰加工?されてから
入ってくるなら、それは日本側からすれば「漢学(中国製品)」に他なり
ませんからね。
ところがそれ以降になると、ヨーロッパの書籍から直接知識を得られるように
なります。

そうなると、当然のこと、これらは「漢文」で書かれていないわけですから、
従来通りの呼び方「漢学」では、実態と名称の間にいささかの乖離が
生じてしまい・・・そこで「蘭学」です。

鎖国中の江戸期日本においては、ヨーロッパの学術・文化などの入口は
オランダ(阿蘭陀)経由に限られていたために、これを「蘭学」(阿蘭陀の
学問)
と呼ぶことにしました。
でも、いきなり「蘭学」という名称が定着したわけではありません。
そこにも一通りの紆余曲折?波乱万丈?がありました。
その変遷を辿ると、初期は「蛮学(南蛮学)」と呼び、その後に「蘭学」となり、
さらにその後に「洋楽」と呼ばれるようになったとされています。

ちなみにこの「南蛮」とは、この言葉の発明者?である中国は字面通りに
「南方面に棲む野蛮人ども」の意味ですが、同じ?言葉でも日本では
「舶来(品」ほどの意味合いで用いていました。
たとえば、戦国期の歴史には「南蛮人」なる人種?がよく登場しますが、
これも決して「南方面に棲む野蛮人」の意味ではなく、今風の表現なら
「外国人」といったところでしょう。

さて、幕末になって遂に開国(1854年)に至った日本国は、それ以後
次第に外国との交際範囲も広がるようになり、それに伴って外国学術の
入口もオランダ一国だけではなくなりました。
そうした状況になったのに、名称だけ「蘭学」のままにしておいたのでは、
これまた実態を反映した扱いとはいえません。
そこで「洋学」(海の向こうの学問)という名称を用いました。
その後次第にこちらの方が一般的になっていきましたから、つまりのところ、
旧来の「蘭学」は新参?の「洋楽」に吸収合併?されたという言い方が
できるのかもしれません。

さて、お次は「国学」。 この表現は、「外国製?の学問」に対して、敢えて
「日本製?の学問」である旨を強調した印象で、ある種の差別化の意図が
あったように感じられます。
早い話が、「日本製?学問」は、そんじょそこらの「外国製?学問」とは
ちょいとばかり違って純正品?のホンマモンであるぞヨ、ということです。
「外国製/日本製」の別を意識する必要がなければ、双方とも単に
「学術・学問」と呼んでいれば、それでコト足りていたはずですからネ。

従来の「学術・学問」とされるものは、昔の昔からほとんどは外国産、
すなわち異国の製品?でした。
仏教という「最新科学」?もそうなら、お経という「理論書」?もその例外
ではありませんでした。 ところが、
〜これでは、我ら民族の本来の姿、いうなれば「原種?大和民族」がどんな
  精神構造を備えていたものか、さっぱり分らんではないか〜

という思いが芽生えてきます。

杉田玄白01 国学ビッグ四01









 蘭学者・杉田玄白/国学の四大人(ビッグ4?)

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そこで、その究明に取り組んだのが国学者と呼ばれる方々で、その多くは、
現に今ある姿から外国の影響(つまり唐心)を受けた要素・部分を取り除く
作業を重ねることで、「ホンマモンの大和民族の正体」を追求しました。
これを「国学」と呼びました。
厚化粧なしの「すっぴん大和民族」を探り当てよう、という狙いです。

そんな中でも特に大きな功績を挙げ、「国学の四大人(しうし)」なる称号を
冠された御四方に登場いただくと、
荷田春満(1669-1736年/万葉集・古事記・日本書記などの研究)
賀茂真淵(1697-1769年/古典研究を通じ古代日本人の精神を研究)
本居宣長(1730-1801年/「古事記」研究の注釈書「古事記伝」を著わす)
平田篤胤(1776-1843年/「平田神道」思想は明治維新にも大きな影響を)

さて、この他にも「儒学」「朱子学」と呼ばれた「学(問)」がありました。
ただ当時の人々はともかくとして、少なくとも筆者的現代人目線?でこれを
眺めると、「学問」というよりは宗教臭がプンプンで、これならむしろ「儒教」
とか「朱子教」と呼んだ方が適切ではないかと感じるところです。
殊に「朱子教」?には、自分本位の理屈が優先した、しかもいささか飛躍
気味の理論で成り立っている印象があって、これを純粋な学問、つまり
「朱子学」と呼ぶには、いささかの躇が働いてしまうわけです。

「朱子学」は江戸幕府創始者である徳川家康(4534-1616年)が幕府の
公式学問として採用したことが引き金になって普及・定着しました。
この「朱子学」が江戸期の武士階級を思想・精神を大きく変えたことは
間違いありません。
「士農工商」という身分格付けもそうなら、「貴穀賤金」という経済面での
イデオロギーもこの「朱子学」思想に端を発しています。

たとえば、家康のチョイ前の実質的天下人であった織田信長(1534-1582年)
なぞは、足軽・木下藤吉郎(後の豊臣秀吉/1537-1598年)や浪人・明智光秀
(1528?-1582年)など、能力を見込めば積極的に取り立てるなどして、
身分という物差しにはとんと無頓着な人材登用をしていますし、また
経済政策の面では、商業を重視した「楽市楽座」などを推し進めたりして、
そこには経済活動を嫌う「貴穀賤金」の意識は微塵もありませんでした。

しかし、江戸時代も続くにつれて、こんな言動も生まれてきます。
〜(武士の身分にない)民が御政道に口を挟むなぞは言語同断ッ!〜
言葉を換えれば、「(士農工商の)身分をわきまえろ」と言っているわけです。
さらに、海外との付き合いを否定した形で「鎖国」体制に入ると、
〜貿易(外国との商売活動)という賤しい行為なんぞは武士たる者(幕府)が
 するべきことではない〜

じつは、これみんな「朱子学」イデオロギーの実践なんですね。

こうした「朱子学」が浸透したことで、思わぬ冤罪を生むこともありました。
「学問」が冤罪を生むなんてちょっと妙な感じもしますが、たとえば
重商主義政策を推し進めた老中・田沼意次(1719-1788年)はその途上で
失脚しています。 その判決理由?は、
〜商業振興なんて振る舞いは、明らかに朱子学憲法?に違反している〜
しかし実際には、経済を立て直すためには至極妥当な政策でしたから、
現代人の感覚からすればモロに「冤罪」です。

ちなみに、「学問が冤罪を生んだ」ケースは、日本以外にも多々あって、
たとえばガリレオ・ガリレイ(1564-1642年)のいわゆる「地動説裁判」も
そうだと言えそうで、現代からすれば、彼のその主張は「至極真っ当」な
科学的真理でしたが、これも「時代の学問」にてらすと、邪教ならぬ
「邪学(問)」になってしまうわけです。

それはともかく、面白いことに、後には「国学」「朱子学」をドッキング
させたような学問?信仰?思想?が登場します。
これをどう呼ぶのが適切なのかイマイチ判断がつきませんので、ここでは
に「ニュー国学」?とでも呼んでおきますが、乱暴に一口で言うなら、
〜身分の分別(士農工商)なんて、ちゃんちゃら古すぎるッ! ホントの
  ところは(天皇という至高の存在の前では)人間みな平等であるッ!〜


幕末から明治時代にかけ活躍し、蘭学者の時代もあった福沢諭吉
(1835-1901年)の名著「学問ノススメ」の一節にこんな言葉があります。
〜天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずといへり〜
これなぞは「人には上下の別がある」とする儒教思想のこれまでの常識
(身分区分)を完全否定する画期的な思想でした。

こうして生まれた新たな学問?信仰?思想?が原動力となり「明治維新」が
完遂されたのはご存知の通りです。
こうして眺めてみると、「真理の追求」を目的とする「学術・学問」といえども、
必ずしもそれ一辺倒ではなく、時の政治状況の影響を結構色濃く受けて
きたことがよく分かります。

もちろん、日本における漢学/蘭学/洋学/国学/儒学/朱子学/
そしてニュー国学(ただし仮の名称)などなども、決してその例外では
なかったことになりそうです。

「学問」という言葉で、今ウッカリ?思い出してしまいましたが、福沢諭吉の
先の言葉を知って、こんな感想を漏らした人がいましたっけ。
〜諭吉さんのこの意見は間違っているッ! だってそうだろ、人を造るには、
  当然人が上にもなって下にもなる必要があるはずだッ!〜

ハテ、なんかどっかに勘違いが混ざっているような気もするのですが。



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