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zoom RSS 日本史の「アレンジ」18 拙者の名前も御維新いたす

<<   作成日時 : 2018/05/25 00:15   >>

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実際には、この他にもその該当者?は大勢いますが、幕末維新の頃に
大いなる活動を見せた人物の中からピックアップしたこの四人の
「共通点」に気が付きますか?
○長州藩士・村田 蔵六 (むらた・ぞうろく   /1824-1869年)
○福井藩士・三岡 八郎 (みつおか・はちろう /1829-1909年)
○長州藩士・桂 小五郎 (かつら・こごろう   /1833-1877年)
○薩摩藩士・中村半次郎(なかむら・はんじろう/1833-1877年)

いずれも「男性」・・・確かに「共通点」には違いありませんが、それとは別の
「共通点」も実は隠れています。
出身地も生没年も微妙に違いますし、確認はしてないものの、おそらくは
身長・体重などの身体的特徴も違っていたハズです。
では、正解は?

先回りして答えを白状すれば、そう、その通り。 今回タイトルにあるように、
〜拙者の名前も御維新いたす〜ということで、実は四人ともが、御維新の
頃に「改名」しているのです。
それも、上の名字だけとか、あるいは下の名前だけとかという小手先の
「みみっちい」改名ではなく、大胆にも「名字+名前」の両方を一気に
改めているのですねぇ、これが・・・うーむ、太っ腹です。
分かりやすく、生年順に整列していただきましょう

村田 蔵六→→大村益次郎(おおむら・ますじろう)維新十傑の一人
  →初代・兵部大輔(国軍次官?)/日本陸軍の事実上の創始者
三岡 八郎→→由利 公正(ゆり・みきまさ)
  →新政府で「五箇条の御誓文」起草に参画/金融財政政策を担当
桂 小五郎→→木戸 孝允(きど・たかよし)維新三傑の一人
  →新政府で参議/版籍奉還・廃藩置県政策に貢献。
中村半次郎→→桐野 利秋(きりの・としあき)
  →新政府で陸軍少将/西郷隆盛の下野に合わせて自らも辞表下野。

こうなると、それぞれにどんな改名事情?があったものか、それを知りたく
なるのは自然です。 なにッ、「別に知りたくもない」ってかッ?! 
それって、ひょっとしたら「好奇心欠乏症」?系の疾患かもしれませんから、
もしそうでしたら、充分にご養生くださいね。
それはともかく、あくまでも推測の域を出ませんが、その事情には概ねの
ところ、このくらいの推測は成り立つのかも。

村田 蔵六→→大村益次郎
  →村医・「村田」孝益の長男として生まれたのですから、いたって自然に
   「村田蔵六」を名乗っていたところ、幕府VS長州のガチンコ対立の
   時世になってくると、幕府から「要注意人物」として目を付けられる
   恐れも出てきたために改名に至った?
   そこで、出生地の周防国・吉敷郡・鋳銭司村・字大村から、新名字の
   「大村」を採り、父の名「孝益」から一字を貰って名前を「益次郎」とした
   ・・・のでは?

余談ですが、この蔵六サン、一目見たら忘れられないような風貌を備えて
いました。 なにせ「おデコ(額/ひたい)」がやたらと広い。
場所の狭いことを「猫の額」とも表現しますが、逆に場所の広いことを
「蔵六の額」と表現する・・・なんてのは、もちろん冗談ですがネ。

三岡 八郎→→由利 公正
  →福井藩士時代までは「三岡八郎」の名を用い、明治維新後に名を
   「由利公正」に改めた・・・とされています。
維新により成立した新政府のウリ?の一つになった「五箇条の御誓文」の
草案起草者であり、また、新しい制度である「廃藩置県」の下で初代の
東京府知事を務めたほどの人物ですから、それこそ新政府・新制度に伴い
〜拙者の名前も御維新いたす〜というところだったのでは?

ちなみに、この「公正」の読み方については、「こうせい」か「きみまさ」で
長らく議論がなされていたようです。
ところが、つい最近の平成26年(2014年)3月になって、「Yuri Kimimasa」と
ローマ字で署名した東京府知事時代の公文書が発見されたことで、
どうやら「きみまさ」が正しいということに落ち着きつつあるようです。
それにしても、この時代の「改名」は実に簡単にできちゃったんですねぇ。

大村益次郎51 桂小五郎01











大村益次郎(村田蔵六)/木戸孝允(桂小五郎)

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上の二人とはちょっとイメージが異なる「改名」もありました。
桂 小五郎→→木戸 孝允
  →討幕活動、さらには薩長同盟を推進したことで、明治維新に大きく
   貢献するところとなり、西郷隆盛・大久保利通とともに「維新の三傑」の
   一人に挙げられています。

この人物の改名?は頻繁だったようで、Wikipediaの説明を参考にしながら、
それをちょっと端折った形にしてみると、
〜旧姓は8歳以前が「和田」、8歳以後が「桂」であり、「木戸」姓は
  第2次長州征討前(1866年)に藩主から賜ったもの〜

ちなみに、この藩主とは、家臣の意見に対して異議を唱えることがなく、
常に「ウン、そうせい」と返答していたことから「そうせい侯」と呼ばれていた
長州藩・第13第藩主・毛利敬親(1819-1871年)のことです。

その変遷過程をさらに整理してみると、
〜名前の大まかな推移は、和田小五郎(桂家に養子入りするまで)、
  桂小五郎(8歳以降)、木戸貫冶(33歳)、木戸準一郎(33歳以降)、
  木戸孝允(36歳以降)〜
※いずれも満年齢
こうまで頻繁だと、実際「もうワケが分からない」状態です。

ところが、これで一件落着するほどに世の中は甘いものではありません。
〜命を特に狙われ続けた幕末には、「新堀松輔」「広戸孝助」など
  10種以上の変名を使用した〜

とされていますから、御本人自身だって、TPOにフィットした「自分の名前」を
その都度矛盾なく名乗れたものかどうか?

漫談家・綾小路きみまろのセリフじゃないけど、うっかりしようものなら、
〜ここはどこ? ワタシはだれ?〜 なんて状況に陥ったことだってあったの
かもしれません。
木戸孝允が割合に短命(43歳没)だったのも、この「名前の多さ」で
知らず知らずのうちにストレスを溜め込んでしまったせい、と見る向きも
ある・・・のかどうか、それはよく知りません。

四人目は「幕末の四大人斬り」の一人に挙げられ「人斬り半次郎」なる
異名を取った中村半次郎です。
それよりなにより、西郷隆盛の腹心として最後まで行動を共にした人物と
言った方が適切でしょうか。
西郷が下野した際には半次郎も下野し、西郷が主導した西南戦争(1877年)に
おいては司令官として勇戦しました。
ただ不運にも額を打ち抜かれて戦死・・・実はこれが西郷の自決と同じ日の
ことでした。

中村半次郎→→桐野 利秋
 →城下士の中村与右衛門(桐野兼秋)の第三子として生まれた、と説明
   されているので、当初は当たり前に「中村」姓を使っていたと思われます。

ただ、ややこしいことに、安土桃山時代の御先祖様の当たる桐野某が、
城下士に取り立てられた際から妻の家の「中村」を名乗るようになり、
以降は子孫も「中村」としたとされています。
このあたりの詳しい事情までは分かりませんが、おそらくは「桐野」のまま
では何らかの不都合があったのでしょう。

新政府の陸軍少将に就任した半次郎が、その折に旧来の「桐野」に復姓し、
名の方も通称の「半次郎」ではなく、諱(本名)の「利秋」を正式な名前として
届け出たことによって、ここにめでたく「桐野利秋」が誕生したわけです。

まぁしかし、各人各様の事情を抱えていたにせよ、こうまで気楽に「改名」
されちゃうと、歴史に関心を寄せる現代人には実際迷惑なお話です。
〜ええか、よく聞け。 長州軍VS幕府軍の戦いでは、長州側は村田蔵六が、
  幕府側は大村益次郎が、それぞれ司令官を務めたのだッ!〜

上記の「改名経緯」?によれば、村田蔵六と大村益次郎は掛け値なしに
「同一人物」ですから、残念ながら、このオジサンの御高説は明らかに
「間違い」ということになります。

幕末維新の「改名ブーム」?は、おそらくは多くの場面で、この手の
「あぁ勘違い!」を生んでいることでしょう。
そう言えば、筆者の友人に、こんな「あぁ勘違い!」を抱えていたヤツが
いましたっけ。
〜桂小五郎と明智小五郎は、どっちが改名前で改名後だっけ?〜
違いますって! 桂小五郎は歴史上に歴として実在した人物ですが、
片や明智小五郎の方は、
〜江戸川乱歩の小説に登場する架空の私立探偵〜だっちゅうのッ!



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