ヤジ馬の日本史

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zoom RSS 日本史の「付録」06 幻に終わった一日五食

<<   作成日時 : 2018/04/30 00:01   >>

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それまで縁のなかった日本にキリスト教を最初に紹介した人物は
宣教師フランシスコ・デ・ザビエル(1506?-1552年)とされています。
これ以後は日本にも多くの宣教師が訪れるようになり、熱心な布教活動を
展開するようになるのですが、ただ、その「布教活動」の中身が、現代
日本人の感覚からしたら、ちょっとばかり曲者で、むしろ「布教後」の展望に
重きを置いたものになっていました。
いうなれば、「布教」はその後に出される「メインディッシュ」?のための
キッカケ作りに過ぎない、と理解した方が話が早いのかもしれません。

そうした布教活動の成果は、現在の南米大陸諸国の多くが
「キリスト教国(カトリック)」になり、国語として「スペイン語/ポルトガル語」
を使っている現実に如実に現れています。

元々の南米大陸は「キリスト教」とは縁もゆかりもない土地でした。
そりゃあそうでしょう。
キリスト教国(当時のヨーロッパ列強)が、アメリカ大陸の存在を知ったのは
探検家・コロンブスによる、いわゆる「新大陸発見」?(1492年)以後の
ことですから、それより以前に「キリスト教」が「大陸上陸」?を果たしている
はずもありません。

その「布教活動」?の手順は結構念入りなもので、
手順1> まずは、キリスト教宣教師を現地へ送り込む。
手順2> 次に、一定期間熱心な不況活動を展開することで、
      現地「キリスト教徒」の増加を図る。
手順3> 「教徒」が一定の増加を見せた段階になると、ヨーロッパ本国から
      軍隊を現地へ送り込み、武力をもって現地制圧を果たす。
手順4> かくしてて、めでたく?「新しきキリスト教国」の誕生!
こうなるわけです。

この手順を踏んだ典型的な成功事例が、スペイン軍人・ピサロによる
「インカ帝国」征服であり、この折には国王の処刑(1533年)まで行って
います。
これがスペイン・ポルトガルを初めとするヨーロッパ列強が世界の海を股に
掛けての活動していた、いわゆる「大航海時代」(15世紀半ば〜)のこと
です。
少し強めの表現をするなら、要するにこの時代のヨーロッパ列強は、
「地球全域キリスト教国化」を目論んでいたことになりますが、だとすれば、
そうした目が南米大陸に限らず「極東・アジア」にも向けられるのは当然の
成り行きです。

確かに、この時代の極東・日本にも数多の「キリスト教宣教師」来て
いましたし、また手順の第一段階である「教徒を増やす」活動にも熱心に
取り組んでいました。
天下人として豊臣秀吉(1537-1598年)が君臨していた頃には、
キリスト教側が、この極東地域におけるキリスト教国化」計画実行の順番に
ついての検討も加えていたことも事実です。
しかし、そこには宣教師たちの間でもいささかの意見の相違があったのです。

宣教師A〜ともあれ明国(中国)はやたら広い国だから、むしろ小さい方の国・
       日本を最初のターゲットにするのが妥当である〜

宣教師B〜ノー、ノー! その日本は最近まで戦国の世であって、現在も
       「軍事大国」であることに変わりはないのだから、それよりは、
       その面でノーガードに近い明国(中国)の方が断然コトを進め
       やすいと思うぞよ〜


そこにはそれなりの経緯があったのでしょうが、結果として宣教師Bの意見に
沿って具体的な計画が進められていきました。
意外なことに、こうしたキリスト教(イエズス会)の動きを秀吉は察知して
いました。
秀吉〜お隣地域にどでかい「キリスト教国」(白人勢力)が誕生しようもの
     ならよぅ、日本の安全なんてものは考えられせんでぇ〜


それと同時に、この点はさすがと評価すべきでしょうが、そのスペインが
「兵力不足」に陥っている現状も把握していました。
秀吉〜明国(明国)征服という、こんなどえりゃあ計画は、実際のところ
     今のスペイン一国ではできせんだろうによぅ〜

(当然ですが、秀吉はここでも生まれ故郷の「尾張言葉」を使っています。)

そこで先回りです。
秀吉〜どうせなら、スペイン・日本が手を組んだ「多国籍軍」スタイルで
     コトを進めようゼ〜

スペインの兵力不足を、「軍事大国・日本」が補ってやることで、明国に対する
キリスト教(白人)側の布教熱・征服熱に一定の満足感を与えておくことは、
日本の安全を図る上でも有効な手段である。
秀吉はこう考えたわけです。

豊臣秀吉03 無敵艦隊アルマダ01

 







 豊臣秀吉/「無敵艦隊の敗北」(アルマダの海戦)

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ところが、宣教師たちの現地報告がキリスト教本部(ローマ法皇)に的確に
伝わらなかったものか、あるいは軍事行動の準備が充分に整わなかった
ものか、ともかくスペインの動きには鈍いものがありました。
そこで、秀吉の胸中にはこんな思いが生まれます。

秀吉〜しかしだ、今はともかくとしても、キリスト教が明国をターゲットにして
     動き出すのは時間の問題だがや・・・それなのに、中華意識に凝り
     固まった当の明国自身が危機感のカケラも持っとりゃせんのだから
     ホントに困ったもんだがや〜


間違えば隣国・明国(中国)が「巨大白人国家」になってしまいかねない
状況に危機感を抱いた秀吉は、白人国のキリスト教が具体的な行動を
起こす前に、同じアジア人である日本が明国に乗り出す方法を模索します。
秀吉〜こうすれば、さしあたり明国の「白人国家化」だけは避けられよう
     というもので、やっぱりアジアはアジア人の手によって治めるのが
     自然だわなぁ〜

ずいぶんと自分に都合のよい自画自賛的な構想になっています。

とはいうものの、この「明国進出」計画は秀吉にとっても、実は大きな
メリットがありました。
戦国の世が終焉したことで活動の場を失った「兵隊」(職業軍人)に「明国」
という新たな舞台を提供できるわけで、簡単にいえば、
〜リストラした社員に再就職口を見つけてやった〜 
つまり今風なら、新たな「雇用創出事業」?を打ち出し、それを主導した者
こそ、他ならぬ天下人秀吉であるという形になるからです。

さらに秀吉は、広大な明国を手中に収めることで、天皇家の本拠をこの地に
移して、日本国内における天皇の権威を相対的に低下させることも視野に
入れていたようです。
簡単に言えば、日本国・本国の元首?大統領?には秀吉が就き、天皇には
日本国・中国州の知事クラス?に収まってもらおうとする考え方ですから、
これによって国内における豊臣家の絶対的な権威・権力を確立できるわけ
です。

このような複層的な事情を抱えた上で、秀吉の言葉なら「唐入り」、つまり
「明国(中国)進出作戦」は決定されました。
ですから、ドラマなどでよく取り上げるように、この「唐入り」の動機を、
愛息・鶴松(1589-1591)を幼くして失った秀吉に悲嘆の心情に求めるのは、
分かりやすい説明ではあるかもしれませんが、当時のアジア情勢を無視した、
あまりにも矮小化された見解と言えそうな気がします。

一般に「文禄の役」(1592-1593年)、さらに、対朝鮮戦の性格を帯びていた
「慶長の役」(1597-1598年)と呼ばれる、二度にわたる海外での
軍事行動(唐入り)は秀吉の当初の目論見とは違って、広大な国土を獲得
することもできなければ、また朝廷の明国移動も叶えられないままに、
秀吉の死(1598年)をもって終了するという惨憺たる結果を招きました。

では一方、スペインの「その後」はどうだったのか?
実は、これより10年ほど前の「アルマダ海戦」(1588年)において、世界に
冠たるはずのスペイン「無敵艦隊」がイングランド海軍に完膚なきまでに、
分かりやすい言葉なら、要するに「ボッコボコ」にやられていました。

これ以後のスペインは、「世界帝国」の座を降り、次第に「斜陽国家」の
様相を体するようになっていきましたから、秀吉の頃のスペインは、
いわば「時代の分水嶺」に立っていたわけです。
本国から遠く離れた明国に対する軍事行動を、手際よく進められなかった
のも、そうした事情が重なっていたからでしょう。 
その意味では、秀吉の
〜(明国征服は)今のスペイン一国ではできせんだろうによぅ〜
この「見通し」は正しかったことになりそうです。

ともあれ、こうした流れの末に、極東地域における「キリスト教国化」、あるいは
「白人支配国家」の誕生が陽の目を見なかったことは、アジア人国家である
日本にとっては幸いなことでした。
これがもし、「アルマダ海戦」で完敗する前の全盛期のスペインが訪れていた
としたら、しっかり「陽の目を見」ていたのかもしれません。

そうなれば、現代日本人の多くは本国(スペイン)の慣習に倣って、
朝食/午前の間食/昼食/午後の間食/夕食/の一日五食を基本とする
随分と忙しい食生活を送ることになったに違いありません。
これは「メタボ」防止「生活習慣病」防止の観点からも決して好ましいこと
ではなく、その意味でも16世紀スペインの極東進出が成就しなかった史実に
対し、現代日本人はもっと敬意を払い、もっと感謝すべきなのかもネェ。



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