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zoom RSS 日本史の「怪人」19 オカルト学者?神仙界を探る

<<   作成日時 : 2018/04/25 00:01   >>

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海上の異界や山中の異境などに不老不死の神人・仙人が実在することを
信じる、いわゆる「神仙思想」に大きな関心を寄せる人物がこの日本にも
いました。
江戸後期のこと、とある少年の特異な体験談(1820年頃)が世間の注目を
集めたことがあり、この折にすかさず行動を起こしたのがその人物です。

〜神仙界に自由に行き来できる不思議な老人(仙人?)に出会ったオイラは
  その老人に連れられて、あっちこっちと飛行したものです。
  そんでもって、やがて常陸の岩間山へ行った折には、その山中で四年
  ほど諸武術・書道・祈祷術・医薬の製法・占術などの修行も積みました〜


こんな告白?をしたことで、「天狗小僧」とも呼ばれた少年・寅吉(1806年生?)
に大きな関心を寄せたのが、当時45歳ほどの国学者・平田篤胤(1776-
1843年)で、その関心は寅吉を養子に迎え入れ、その後九年に渡って世話を
するところまで高まっていった言ったのです。

国学者・神道家・思想家・医者である篤胤の知識はハンパなものではなく、
さらに仏教・儒教・道教・蘭学・キリスト教など、その上に西洋医学・ラテン語・
易学・軍学にも精通していたとされ、いわば「当代きってのインテリ」、平たく
言うなら「知の巨人」「歩く百科事典」とも言うべき人物で、後には
「国学の四大人(しうし)」※の一人としてその名を挙げられています。

ちなみに「四大人」とは「オトナ四人」という意味ではなく、いわば当時の
「国学者のビッグ・フォー」を指した言葉であり、そこには荷田(かだ)春満/
賀茂真淵/本居宣長/そして、この平田篤胤の名が挙げられています。

篤胤の知識の深さは、例えばキリスト教に関しては「安太牟と延波
(アダムとイヴ)」のお話も知っていたとされているほどです。
その篤胤がこの「天狗小僧寅吉」を養子にしたのは、単なる話題作りを
狙ったものではなく、彼には彼なりの真面目で純粋な目的がありました。

〜天狗小僧のナマの体験から、異界・幽冥の
  まことの様子を聞き出す絶好のチャンス!〜
 
いわば詳細な「聞き取り調査」を実施したかったわけで、実際数年後には、
その結果をまとめた「仙境異聞」(1822年)の出版にまで至っています。

一般人の受け止めはともかく、篤胤にとっての「神仙界」とは、決して
絵空事やお伽話ではなく、真に「科学の対象」そのものだったわけで、
今風に言うなら、世間を賑わした「超常現象」に科学のメスを入れるという
意気込みだったのでしょう。

実は篤胤自身もそれなりに「オカルト」っぽい?雰囲気を備えた人物で、 
〜ボクは本居宣長先生の直弟子であるッ!〜
こんな主張もしていたようです。
しかし、篤胤がその「本居宣長」の存在を初めて知ったのは、どうやら宣長の
没後2年も経った1803年のことだったようですから、既に亡くなっている人物に
教えを乞うなんてことは、いかに「オカルト」好きとはいえ現実には無理な
お話です。

ところが、その点を衝かれると、
〜夢に宣長先生が現れてナ、そこで師弟関係を結んだのダ〜
言うまでもありませんが、この「本居宣長」(1730-1801年)とは、先の
「国学の四大人」の一人であり、日本最古の歴史書「古事記」をおよそ35年
もの歳月をかけて研究し、その成果を全44巻の註釈書「古事記伝」(刊行は
1790-1822年)にまとめ上げたその御本人です。

その弟子を自称したのですから、篤胤の主張も当初は師?本居宣長の
見解に沿うものであり、儒教・仏教と習合した当時の「ブレンド神道」?の
在り方にいささかの疑問を呈するスタンスを示していました。

〜外来宗教が混じり込んだ神道は日本人には馴染まない。
  あるべきは、宣長先生?が主張されたように、そういう不純物?を
  排除した本来の神道であるッ〜

ここまでは問題なしでしたが、ところが篤胤の思想は次第にエスカレートし
始め、やがては本家?宣長学派から離れたものになっていきます。

大雑把にいえば本家・宣長学派の考え方はこうでした。
〜善人も悪人も、死ねば穢れた黄泉国に行くことになっているのダ〜
日本神話にも物語られているように、ホンマモンの神道の教義はまさに
その通りですから、これに異論を挟む余地はないハズです。

ところが、これに対し篤胤はこんな解釈を打ち出しました。
〜死後黄泉国へ行くのはその肉体であって、心(魂)は「幽冥界」※に行く〜
※神の世界と物質の世界のはざまにあり、その支配者は大国主命と
  されている。

平田篤胤52 本居宣長53










平田篤胤/本居宣長


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宣長先生の理論を否定するかのような篤胤のこの「神学」?に対して、
本家・宣長学派側から批判が寄せられるのは当然です。
〜(篤胤の)思想は、我ら(本家・宣長学派)本来の実証主義から大きく逸脱
  しており、「オカルト」(神秘学的)な性格があまりに強すぎる〜

ぶっちゃけ、下のように判定したわけです。
〜篤胤が取り組んでいる研究は到底「科学」「学問」
  とはいえず、むしろそれには馴染まない「オカルト」(秘学・神秘・超自然)の
  世界そのものである〜


そんな批判を受けるくらいならということで、篤胤は他の国学ではほとんど
無視されている異界や神仙界の存在に一層の力点を置くようになり、死後の
魂の行方と救済などをその学説の中心とした独自の「神学」を打ち立てました。
そうなった背景には、どうやら「最愛の妻の死」という大きな不幸を体験した
ことも重なっていたようです。

「最愛の人」を失うことは誰にとっても大きな悲しみであるにも拘わらず、
宣長先生の学説?に従えば、
〜最愛であろうがなかろうが、人間は死ねば例外なく穢れた黄泉国に行くゾ〜
これでは残された者の「最愛の人」に対する気持ちに救いがありません。
そこで篤胤は、宣長とは異なった見解を見出して、それが後に「復古神道」
とも「平田神道」とも呼ばれるものに発展していきます。

メッチャ乱暴な言い方をすれば、この「平田神道」とは、
〜「この世」(顕界)のことはアマテラスの子孫である代々の天皇が受け持ち、
  「それ以外」(幽界)のことはオオクニヌシが受け持つ〜

とする考え方です。

この思想には、〜誰であろうが死後の世界は穢れた黄泉国に行く〜とする
本家・宣長派の見解とは一味違って、そこにある種の救いが感じられる
だけに、民衆にも受け入れやすいものがありました。
その上に篤胤の弟子たちの熱心な活動も重なって、次第に熱狂的と言える
支持者まで生み出していきます。

それはともかく、少なくとも生きている間は、
〜この国(日本)における正当な指導者とは、とりもなおさずアマテラスの
  子孫である天皇である〜

「平田神道」を突き詰めていけば、こう言っていることになります。
江戸幕府が健在であり、そのトップにある将軍が現に政治を担当している
時代のことですから、「天皇こそが正当な指導者」とするこの考え方は
ちょいとばかり大胆で過激なものでした。

ところが、「平田神道」の登場以後は次第に天皇の権威が高まりを見せ、
それに連動する形で、将軍の権力は相対的に低下傾向を示し始めます。
ちょっとした「天皇ブーム」?の到来と言っていいのかもしれません。
実際幕末期には、その「天皇」を前面に謳った「尊王思想」が吹き荒れる
までに拡散しています。
ですから、こうした幕末風潮を生み出したきっかけの一つに、この「平田神道」
の登場を挙げることができそうです。

ともかく、本家・宣長学派は篤胤の考え方をかなりの「オカルト」と受け止めて
いましたが、それとは逆に、当の篤胤自身はむしろ非の打ちどころの無い
「科学」「哲学」「思想」だと捉えていたようです。 そりゃあそうでしょう。

神仙界と現世を実際に?往ったり来たりした「天狗小僧虎吉」に対して
十分すぎるほどの聞き取り調査を科学的?に実施したという自負の上で
導き出した結論ですから、篤胤にしてみれば「机上の論理」ということに
なろうはずもなく、〜なんだとぅ、この緻密な理論のどこがオカルトだッ!〜
こうなるのは当然です。

かくして幕末期の社会にはこの「平田神道」が浸透し、それとシンクロする形で
登場した「尊王思想」が、この激動の時代を動かしていったともいえそうです。
ただ、これを社会構造がすっかり落ち着いた「平時」の現代に身を置いて
眺め直してみると、やはり「流行熱病」もどきの異様な激しさがあったとの
印象になるのも事実です。

では、神隠し「天狗小僧虎吉」少年と神仙界調査家?平田篤胤の間には
実際どんなやり取りがあったものか・・・たぶんこんな会話も?
(念のためですが、以下は筆者の無責任な想像に過ぎませんヨ)

篤胤〜そんでもって、「神仙界」の様子はどんな具合だった?〜
虎吉〜そりゃあもう十分に結構なところでしたよ〜
篤胤〜ウーム、やはり「穢れた黄泉国」みたいな按配ではなかったわけだ〜
これだけでは安心できなかったものか、さらに篤胤の質問は続きます。

篤胤の「最愛の人」(妻)の人相・年恰好を詳しく知らせた上で、
篤胤〜ひょっとして、そこで「我が愛妻」に出会うことはなかったか?〜
虎吉〜(しばし沈思黙考の末)ああッ、あつたね(会ったね/篤胤)!〜
篤胤〜バカヤロ、こんな肝心なところでダジャレをかましおってッ!〜

「天狗小僧(寅吉)」に対する篤胤の「その後九年に渡っての世話」という
ものに終止符が打たれたのは、どうにも寒すぎるこのダジャレのせいでは
なかったのか、と鋭く推理しているのが昨今の筆者です。




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