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zoom RSS 日本史の「言葉」26 すべては言葉が創り出す?

<<   作成日時 : 2018/04/15 00:01   >>

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その昔、桓武天皇(第50代/737-806年)は山背国(京都府)に移した
新しい都を「平安京」と名付け、その折ことのついでに国名の方も「山城国」
(発音は同じヤマシロ)と改めています。
世界最先進国・中国の雄大な城郭に囲まれた荘厳な都に憧れを持っていた
桓武としてもホントのところは、それと同様の城郭を備えたかったでしょう。
ところが、当時の日本はそれをまんまマネできるほどに豊かではありません
でした。 

ですから、超大国・中国の在り方に憧れる桓武天皇にとっては、この
「城郭無しの都」の姿は大きな不満でもありコンプレックスでもあったわけで、
そこで国名の方を「山城」と「改称」し、これでやっと中国並みに「城郭」を
備えた都を実現でき、やれ一安心というところでした。

さらにはこの「平安京」という名称・・・これも今風なら「平和首都」といった
感覚の「命名」であり、実際その「平和実現」に向けて桓武天皇は「国軍撤廃」
という大胆果敢な政策を断行しています。
ですから、桓武の行動にはこんな原理が働いていたと推測されます。
〜「言葉(この場合は名称)」が総てを創り出す〜

言い換えれば、「山城」と改称すれば、実際に城郭が整備され、「平安」と
命名すれば実際に「平和」が実現する、といった信念です。
ただ、現代人の目からすれば、こうした桓武天皇の言動は、根拠のない
自己暗示・自己満足に過ぎず、言葉を変えるなら迷信に踊った姿に見えて
しまうのも事実です。

〜なんだぁ、昔の人は言葉と現実の区別ができなかったのか!〜 
こんな批判もできなくはありませんが、むしろ日本民族がその昔から持って
いる〜言葉に出せば現実もそうなる〜とする「言霊信仰」の発露だったと
受け止めた方が素直な気もします。

連綿と続いてきた民族の信仰というものは、一朝一夕でコロッと変わるもの
でもありません。
それが証拠に、目を見張るほど科学が進歩発展した21世紀の現代日本人
でさえ、さすがに桓武天皇ほどではないというものの、実はその「言霊信仰」
の熱心な信者サン?であり続けているのです。

少しだけその例を挙げるなら、日本のマスメディアでは差別のニュアンスが
感じられる言葉を「放送自粛(禁止)用語」として極力使わないように
心掛けているのもその表れです。 で、そのココロは? 実は至って単純、
〜(差別の)言葉を使うから、(差別の)実態もある〜という理屈になるから
です。

裏返しにいうなら、
〜差別系?の言葉を使わなければ、差別という実態も消えてなくなる〜
とする心情も発露ですから、こうした心遣いはやはり現代版「言霊信仰」
一つの形だと理解しても差支えないのでしょう。

かつてこんな名言?を吐いたのは、評論家・故戸板康二氏(1915-1993年)
でした。 〜老婆は一日にして成らず〜
もちろんこれは、故事ことわざの「ローマは一日にして成らず」をもじった
言葉ですが、ところが、昨今のマスメディアではこの「老婆」という言葉、
「放送自粛(禁止)用語」の仲間入りをしているそうです。 なぜ?

「老婆」という言葉には幾分の蔑みのニュアンスが感じられ、結果として
差別を助長する懸念がある。 これが理由になっているそうです。 
「老婆」でもこれくらいの気遣いが必要なのですから、つい頭にきて
「このクソばばぁメ!」なんて捨てセリフを吐こうものなら、これはもう
死刑判決を免れるものではありません。

〜差別が感じられる言葉を使わなければ、差別そのものもなくなる〜
つまり現代のマスメディアもまた、こんな考え方を持っていることになり、
ものの見事に「言霊信仰」を実践していることになります。
ただ良いか悪いかは別として、ここまで来ちゃうといささかエキセントリックな
印象になって、それこそ「言葉狩り」もどきの迫力すら感じてしまうのですが。

ダライ・ラマ51画像 平安京51







(亡命政権)ダライ・ラマ14世/(山背→山城)平安京

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では〜21世紀の現代日本人も「言霊信仰」の熱心な信者サン?〜とは
一体なんのこっちゃ?
その一例を挙げるなら、たとえば現在の「日本国憲法」がその通りです。

戦争放棄という文言が謳い込んである現憲法を「平和憲法」と呼ぶことで、
実際に「平和」が実現すると信じる・・・これも実は、「平安京」と命名することで
実際に「平和な都」になる、また「山背国」を「山城国」に改めることで現実の
「城郭都市」が構築されたと考えた桓武天皇とまったく同じ思考と言っても
差し支えありません。 

国民作家・司馬遼太郎氏なぞは、こうした姿を「平和念仏主義」※と呼んで
いたようです。
要するに、「平和平和」と願えば(念仏を唱えれば)、実際に「平和」が訪れる
とする考え方を指しています。
また、「逆説の日本史」の著者:井沢元彦氏は、これを日本民族が古来から
持ち続けている「言霊信仰」の表れだと喝破しています。

確かに、冷静に考えればすぐ気が付くことですが、およそ戦争というものは、
一方が念じていれば必ず回避されるというほど単純なものでもありません。
相手のあることだからです。
ところが、「平和念仏」あるいは「言霊信仰」の信者サンは、そうは考えなくて、
〜平和平和と言葉に出す(念仏を唱える)ことによって現実も平和になる〜
と考えるわけです。

それに桓武天皇は、もうひとつ別のヒントも提供しています。
「言霊信仰」の法則?では、「軍隊」がなければ「戦争」もないということに
なりますから、平和構築のためには必須の要件と考えたのでしょう。
桓武天皇の「軍隊撤廃」はその思想に沿った思いっきり大胆な政策です。

では、「軍隊撤廃」をしたことによって桓武天皇は目論見通りの平和構築
を成し遂げられたのか?
ドッコイ、やや乱暴に結果だけを紹介するなら、事態は真逆の方向へ。 
要するに、「軍隊撤廃」によって治安は乱れ放題に乱れ、「平安京」
どころか、あたかも「混乱(無秩序)京」もどきの状況を呈したのです。 
あっちゃー!

でも、よく考えてみれば、なにせ治安を取り締まる役人がいないに等しい
のですから、その名に反して「平安京」が荒れ放題になってしまうのも無理も
ありません。
この状況に嫌気が差した桓武天皇の後継・平城天皇(第51代)なぞは、
「いっそのこと都を移してしまおうか」と考えたほどでした。
結果として、言葉の効果は幻想に過ぎなかったということになります。

こうした歴史的事実にてらして、「日本国憲法」をこう見る人もいます。
〜戦争放棄の条文はまことにありがたいものではあるが、よくよく冷静に
  考えてみれば、一種の「祝詞」に過ぎないのではないかぁ?〜

ちなみに、祝詞とはこれくらいの意味です。
〜神仏に祈祷するときに用いる言葉で、荘重な表現ではあるものの、
  その中身は抽象的で、なんら具体的なものは伴っていない〜


理想とする国家像が、祝詞や念願や祈り(要するに「言葉」)だけで実現する
ものでないことは、チョイ前の20世紀にもその事例を見ることができます。
〜宗教(チベット仏教)による平和主義をもって、自国の安寧を求めていた
  宗教国家「チベット」は、望んでいた「平和」を本当に手に入れることが
  できたのか?〜
 答えはご存知の通りです。

司馬遼太郎氏の言うところの「平和念仏主義」に近いものがあったチベット
の姿に隙を見た中華人民共和国は、圧倒的優位な軍事力をもって、
その領土を蹂躙するや、最終的にチベットを自国に編入(1951年)まで
行ったのです。
最高指導者であるダライ・ラマ14世は、国外に「亡命政権」を樹てざるを
得なくなりましたし、また、中国の圧政に対する僧・一般人を含めた
チベット人の抗議の焼身自殺に至っては、21世紀の現在でも収まることなく
続いています。

〜言葉(願い/祈り)」が総てを創り出す〜
こうした信仰心を持つことは、人間としてまことに素直で美しい姿ではある
ものの、現実の社会はそれを「満額回答」してくれるほど甘いものではない
ということです。

あぁ、ここまでちゃんと分かっているつもりなのに、筆者もやはり「言霊民族」
の末裔の一人と言わざるを得ないようです。
筆者の場合は、具体的な努力を一切払うことなく、ともかく念じ祈っている
のです。 何をってか?・・・実は〜この宝クジ当たれッ!〜
司馬遼太郎氏から「金満念仏主義」と糾弾されちゃいそうですが。



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