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zoom RSS 日本史の「冗談?」17 歴史オンチはホラを吹く

<<   作成日時 : 2018/03/20 00:01   >>

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詳しいことは忘れてしまいましたが、
〜自分は歴史にはとんと疎くて、実は室町時代と鎌倉時代のどちらが
  先なのかも、よく分からない〜

昔の小説にこんな自称・歴史オンチが登場していた記憶があります。
ままあり得ないこととも言い切れませんが、これをもう少し発展させれば、
歴史オンチの会員数?はもっと増えようというものです。
〜自分は歴史にはとんと疎くて、実は飛鳥時代と奈良時代のどちらが
  先なのかもよく分かっていないのダ〜


折角の機会ですからそれらの時代分類を整理してみると、いろいろな
見解はあるものの、一般的には下記の程度に理解されているようです。
○飛鳥時代   (592-710年)  118年間/国号が「倭」から「日本」へ
○奈良時代   (710-794年)   84年間/仏教による鎮護国家を目指す
○鎌倉時代(1185頃-1333年) 約150年間/武家政権の誕生
○室町時代  (1338-1573年)  235年間/幕府統制力が次第に低下

ですから、「奈良より先に飛鳥」があり、「室町より先に鎌倉」がある。
これが史実ということになります。
さて、小説に限らずこの手の「歴史オンチ」ぶりはいろいろなパターンで
紹介されています。 例えばこんな具合。

〜その三英傑の信長・秀吉・家康って、誰が長男で誰が末っ子なの?〜
三英傑をてっきり三兄弟だと思い込んでいたようです。
念のために整理しておけば、決して「ダンゴ三兄弟」?ではありません。

織田信長(1534-1582年) 戦国乱世終焉へ道筋を/尾張国出身
豊臣秀吉(1537-1598年) 信長亡き後の天下人へ/尾張国出身
徳川家康(1543-1616年) 江戸平和幕府を創立  /三河国出身
要するに、この「三英傑」の連携プレーによって、戦国乱世に終止符が
打て、江戸時代の平和が建設できたということになります。

しかしまあ、そうした「誤解」がちょいとばかり面白いとなると、さらに過激?
なエピソードも語られるようになります。 例えば中年のオジサン。
〜なんちゅう名前だったかド忘れしちゃったけど、確か聖徳太子サマにも
  愛人がいたんだよなぁ?〜

何を言っているのかよく分かりません。 すると続けて、
〜やっ、思い出したゾ・・・小野妹子だ〜

名前に「妹」という字が使われている上に、「○子」のパターンになっている
ので、「妹子」をてっきり女性と思っていたらしい。
こうした思い込みは、キラキラネームに慣れた今時の若者が持てるものでは
なく、女性の名に「○子」が多かった時代を知っている、まさにオジサン族なら
ではのものです。

でもそれなら、「孔子」サンや「孟子」サンも、全部女性だと思っていたの
かしらん? こんなツッコミをかましたくもなり、話しの相手がいい加減にして
欲しいとそっぽを向くのは当然の成り行きです。

こうした「歴史オンチ」がさらにエスカレートしていくと、もはや「確信犯」と
いうか、「ウケ狙い」「大ホラ吹き」と言いたくなるようなお話が披露される
ようになってきます。
〜おぅおぅ、弥次さん喜多さんって、あれだろう?・・・水戸黄門サマの
 お供の二人〜
 
こうなると、もはや正気のサタデー・ナイト・フィーバーです。

物語「水戸黄門」では、本名・佐々木助三郎を通称「助さん」、同じく
渥美格之進を「格さん」と呼んでいますが、普通ここには弥次さん・喜多さん
は登場しないものです。 なぜなら、弥次さん喜多さんとは、
〜戯作者・十返舎一九(1765-1831年)による滑稽本「東海道中膝栗毛」の
  中に登場する、お伊勢参りの旅に出て騒動や失敗などを繰り返す
  「弥次郎兵衛」サンと「喜多八」サン〜
 のことだからです。
ですから、江戸後期に登場した弥次サン喜多サンが、江戸初期の
水戸黄門サマのお供をするなんてことは、時系列からしてもあり得ないと
いうことになるわけです。

ちなみに、黄門様・助さん・格さんのモデルになったのは、それぞれに実在
した人物で、
○黄門様→徳川 光圀 (1628-1701年) 水戸藩2代藩主/徳川家康の孫
○助さん →佐々介三郎(1640-1698年) 水戸藩の僧・儒学者
○格さん →安積覚兵衛(1656-1738年) 水戸藩の儒学者

卑弥呼安田51 聖徳太子51












卑弥呼?/聖徳太子?

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さらには、こんな意見を持ち出す人もいましたっけ。
〜自称・歴史通から聞いた話だけどよぅ、足利義満ってのは、 あっち
  こっちで人をダマくらかすような、ひでぇぺテン師だったってなあ〜

言葉遣いからしても、モロに尾張者のオジサンです。

話が見えないので、さらに耳を傾けると、
〜その自称・歴史通が言うのにはよぅ、外交文書に「源道義」っていう
  偽名でサインしたそうじゃねぇか・・・いまどきの財務省でもあるまいに、
  こんな改竄?はさすがにマズいだろうがッ!〜

その「自称・歴史通」とどんな会話かあったものかは、よく分かりません
でしたが、ともかくこの尾張者のオジサンにも誤解があるようです。

室町幕府第三代将軍・足利義満(1358-1408年)が使った「源道義」なる
名は、決して悪意を備えた「偽名」というものではありません。
「苗字+名」なら「足利義満」となり、「姓+号」の名乗りなら「源道義」になる
ということに過ぎないのです。
〜へぇ、役者の芸名や作家のペンネームみたいなものだったのか。
 こりゃまた義満さんには失礼こいちゃったなぁ、悪く思わんでくれぇ〜

充分に誤解が解けたわけではないけど、これ以上進めば、お話はさらに
面倒くさいものになりそうなので、ここで打ち止め。 
尾張者のオジサン、ごめんネ。

この手のことは、それこそ枚挙にいとまがないようで、こんな感想も。
〜しかしダ、女王に対して、敢えて「卑」なんてイヤシイ字を使うことも
  あるまいになぁ。 なんでもっと良い字を使わなかったのだ?〜

申し訳ないことですが、この感想には誤解が重なっています。

〜なんだとぅ、「卑弥呼」って文字を使っとるのは、紛れもにゃあ事実
  だがや。 これのどこにゴキャァ(誤解)があるってんだぁ〜

またもや尾張者のオジサンです。 本当にイヤになっちゃう。

まず第一に、「卑弥呼」(ひみこ)というのは、その個人を指すいわゆる「名前」
ではなく、たとえば「代表取締役」とか「議長」などと同様に、身分・資格・地位
などを表す呼び方、つまり「称号」であること。
もっとも、尾張者のオジサンに限らず、この点を誤解している人は少なくない
ようですが。
それにもう一つは、「ヒミコ」という称号に「卑弥呼」という文字を充てたのは、
日本側ではなく中国側であること。

〜なんでまた、そこに中国が登場するぅ?・・・第一よぅ、日本?の女王サマ
  によぅ、勝手に「卑」の字を用いるなんぞは、まったくケシカランことだ
  ぎゃぁ〜
 オジサンの気持ちは分からないでもありませんが、それは
仕方がないことなのです。
「卑弥呼」なる文字が使われているのは、日本側の書類?ではなく
中国側の歴史書の中なのですからネ。

〜なんちゅう無礼な! 今からでも遅にゃぁで(遅くはないから)、ちゃっと
  (早速に)訂正してもらわなイカンがや!〜

ここまでくると、本気で言っているとはとても思えません。

このように他者に対して悪字?を用いるのは、要はその根源に「中華思想」
があるからです。
〜我々の住む「中華」こそが世界に中心であり、「中華」以外に国もなければ、
  人間もいないッ!〜
 これが中華思想です。

「外国」なんてものはなく、ましてや「外国人」なんて人種?も存在していない
とする「中華(中国)」からすれば、世界の中心である「中華」以外は未開の
単なる「周辺地域」に過ぎないし、そこに住む者は十把一絡げで、文明を
知らない野蛮人共という定義?になります。

ご丁寧にも、その東西南北に当たる周辺地域に住む人間達を、
こう呼びました。 〜東夷/西戎/南蛮/北狄〜
全部が全部、「○方角の野蛮人」という意味です。

ですから、こうした「中華思想」からすれば、その東夷(東の野蛮人)が王と
崇める存在なぞは、文明も届かぬド僻地の部族長・酋長に過ぎないのです
から、佳い文字を使うはずもありません。
むしろ、積極的に貶める意思から、賤しい文字こそが相応しいとして、
敢えて「卑弥呼」と書いたのでしょう。

ちなみに、現代の中国(中華人民共和国)も、こうした「中華思想」を間違いなく
受け継いでいることは、昨今の近隣諸国に対する傍若無人な「領海侵犯」を
見ただけでも一目瞭然です。

〜もともと「外国」なんてものはありゃあせんのだし、ましてや、その領海
  なんてものがあろうはずもなく、よってもって全部が全部、ハナから中国の
  モノなのであるッ!〜

21世紀の現代でもこうですから、ましてや「卑弥呼」の時代なぞは間違いなく
もっともっとあからさまにデカい態度だったことでしょう。

さて、以上の経緯とは何らの繋がりもありませんが、中国旅行を体験した
オジサンの土産話を今ひょっこり思い出したので、ちょっとご紹介して
おきます。 料理店へ入ったこのオジサン、何を思ったか「カレー料理」を
注文したそうです。 で、その感想が付き合い切れないのです、ホントにッ!
〜えぇか、中国のカレーはチューゴク辛えぞッ!(凄く辛いゾ)〜



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