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zoom RSS 日本史の「怪人」18 人間五十年もうすぐ三倍時代?

<<   作成日時 : 2018/02/20 00:01   >>

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戦後のGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)による農地解放政策
(1947年/昭和22年)が実施されるまで日本最大級の地主であった
山形県酒井の豪商・本間氏の栄華はこう謳われるほどでした。
〜本間様には及びもせぬが、せめてなりたや殿様に〜

さて、お話は無関係に飛んで「人間の寿命」です。
今川義元との対決「桶狭間の戦い」(1560年)に出陣する前の織田信長
(1534-1582年)はこんな謡の幸若舞「敦盛」を舞ったとされています。
人間五十年 化天のうちに比ぶれば・・・(続きは知りません)〜
要するに、この頃は一般社会にも「人間の寿命はほぼ50年」とする通念が
あったということなのでしょう。
それが証拠と言ってはなんですが、この信長も「本能寺の変」(1582年)に
倒れる(享年49)ことで「人間五十年」の公約?をキッチリ果たしています。

またまたお話はすっ飛び、今度は大昔の中国。
「不老不死」の妙薬を手に入れるべく、徐福なる者を東方の蓬莱山へ送り
出したことで有名なのが中国最初の皇帝・秦「始皇帝」(前259-前210年)
です。
ですが、実は始皇帝自身も、この大掛かりな努力が報われることはなく、
これまた「人間五十年」を実践して亡くなりました。

ところが、21世紀日本では平均寿命が男女共に80歳を超えて、いわば
「人間八十年九十年」の時代になっているのですから、不老長寿に憧れた
始皇帝からしたら、ずいぶんと羨ましい思いがあるのかもしれません。

この「人間五十年」が的を射た数字かどうかは別として、現代人と比較した
場合、確かに昔の人の寿命は総じて短かったようです。
とはいうものの、結構長生きされた方々もあって、たとえば一ケタの代数を
持つ歴代天皇の何人かは楽々百歳越えを達成しています。
このへんは伝説・神話の類なのか、はたまた確かな歴史と捉えていいのか
微妙ですが、そんな中でも際立った長命ぶりを発揮した人物がいます。

現代の高齢者の内でも新米・中堅クラスはともかく、古参・超古参、現代用語
なら「後期高齢者」?に当てはまる方々なら、その人物の名をご存知かも
しれません。
一時期は紙幣の肖像も務めた「武内宿禰(たけのうちのすくね)」
(84?-367年?)がその人です。

さて、伝わっているその生没年を目安にするなら、この武内宿禰は単純計算
でも280歳を超える(300歳超え説も)ことになり、時代もあの邪馬台国女王・
卑弥呼(生年不明-247?248?年)より先に生まれ、卑弥呼死後も100年以上
生きたことになります。

凄いッ! ホントに凄いッ! ですから、現代の高齢者が90歳・100歳程度で
「俺もトシかなあ?」なんて感じているようのでは、いささか意気地がない
のかもしれません。
だって、まだ余命200年もあるわけですからネェ。

それはともかく、この「武内宿禰」の超長寿命を現代に置き換えてみると、
その凄さが実感?できます。 たとえばこんな按配。
〜18世紀生まれの将軍・徳川家斉(1773-1841年)※が、21世紀の現在も
  生き続けて、得意?の「子づくり」にバリバリ励んでいるッ!〜

※江戸幕府第11代/26男27女を設け、「オットセイ将軍」との異名も。

実際、この超高齢者・宿禰にも「子づくり」面での噂?がないではありません。
これも伝説上の人物と見られることが多い女性ですが、神功皇后
(170?-269年?)が生んだ子・応神天皇(225?-334年?)の「父親」の
候補者の一人として、その名を挙げられている事実もあるのです。
これが事実?なら、なんと140歳くらいで「子づくり」を成し遂げたことに
なりますから、この「健康長寿」ぶりは常識を超越して、もはや言語同断の
レベルと言わざるを得ません。 別に、これを羨ましいと思って言っている
わけではありませんから、その点暮々も誤解のないようにね。

さらに家臣としては、景行・成務・仲哀・応神・仁徳の延べ5代の天皇に
仕えたとされ、このこともまさに超人技です。
ですから、やはり「300歳」というのは創りごと、もっと露骨な言い方なら
「ウソ」という受け止めになるのが無難な流れです。
だったらそんなミエミエのウソをわざわざ記録?に残したのでしょうか?

竹内宿禰51 始皇帝51













三百歳人間?竹内宿禰/不老長寿願望?秦・始皇帝

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そこで浮かび上がってくるのが「襲名」説です。
要するに竹内家の代々が「宿禰」の名を襲名することで、「宿禰」自身の
活動が長きに渡ったように見える、ということです。

たとえば歌舞伎役者「市川団十郎」の名跡だって、人物こそ違え、初代
(1660-1704年)から数えれば、現在まで300年以上に渡ってずっと続いて
きているわけですし、とんと世界は違うものの「首切り浅右衛門」の名で
知られる「山田浅右衛門」の名にしても初代から連綿と続き、最後の9代
「浅右衛門」が亡くなったのが20世紀に入った1911年(明治44年)という
ことですから、やはり250年余の寿命を保った計算になります。

ちなみに、この「浅右衛門」の「首切り」とは、現米国大統領・トランプ氏が
実業家だった頃に連発?した「クビ(馘首)だ〜ッ!」の意味ではなく、
処刑人として死刑囚の「生身の首を斬り落とす」ことを意味しています。
この「襲名説」を採るなら、「竹内宿禰300歳」の驚異の「超長寿命」も
ウソも混ぜることなく割合無理なく説明できることになりそうです。

お話は懲りずにまたさらに逸れていきます。
では「襲名」方式?でなく、一個の人間が武内宿禰並みの「超長寿命」を
獲得することはできないものか?
こんな言い方をすると、ひょっこり始皇帝が身を乗り出してくるかもしれません
が、昨今の科学・医学の進歩発展の加速ぶりを思えば、あながち絵空事とは
言い切れないような気もしてきます。

少し前までは、それこそSFの世界に属していた、たとえばロボットだとか
AI(人工知能)、そして自動運転車などがすでに実現している現実もあるの
ですから、その延長目線で医学の世界を眺めてみると、例えば最近話題に
なっている「万能細胞」の実用化だってそうそう遠い将来のことでもないの
かもしれません。

老化や損傷が認められる細胞を「万能細胞」で再生させることで、たとえば
歯の衰えた人が再び固いセンベイをバリバリッと噛み砕くことができるように
なったり、車椅子を必要とするほど足腰が弱った人がスッタスッタと大股で
歩けるようになったり、はたまた薄毛を気にしていた人が針金ごときの
頭髪を再獲得したり・・・なにせ、老化の原因になる「細胞」の劣化・消滅を
若返らせ再生させるのですから、これが実現すれば、「老い」という概念は
希薄になり実年齢などは意味のないものになります。

とはいうものの、万能細胞にしたって、人間側に最低限それを再生させる
だけの基礎体力は必要でしょうから、始皇帝が望んだ百点満点の「不老不死」
には届かないものの、現在の平均寿命の倍ほど、言葉を換えるなら
「人間五十年」の3倍ほど、つまり150歳くらいは期待できそうというものです。

これは「人生七十年古来稀なり」と詠われた「古稀(古希)」の2倍に当たる
長さです。
しかしこれでも「竹内宿禰300歳」に比べればやっと半分ですから、いささかの
ご不満を抱く方もおられましょうが、それでもそこはそれ、オトナの態度で
妥協してください。

さて、そうした医療技術が日常のもの当たり前のこととして定着すると、
たとえば20歳の若者がいる家庭の一般的な構成は概ねこんな状況に?
〜若者20歳/父ちゃん母ちゃん50歳/爺さん婆さん80歳/
  曽爺婆様110歳/高祖爺婆様140歳・・・〜

しかも、家族全員が医者に縁のない程度にそこそこ健康。

こうしたメンバーが一つテーブルで夕食を囲むという場面をイメージして
みてください。
現代の「人間八十年」の現代常識では考えられないほどに、微笑ましく
迫力のある家族団らんの姿です。
もっとも、何事にせよ「新しい物」には臆病な筆者なんぞは、ちょっとばかり
ホラーめいた雰囲気を感じて腰が引けてしまうのですが。

そこで冒頭の本間様の栄華を称えた言葉に戻ります。
〜本間様には及びもせぬが、せめてなりたや殿様に〜 
なにが言いたいのか。
近い将来に「人間百五十年」時代が到来すると、こんな言葉が
もてはやされるのではないかというだけの無邪気な憶測に過ぎません。
〜宿禰サマには届きはせぬが、せめて生きたや半分は〜

あぁ、それにもうひとつ、幸若舞「敦盛」の謡いもこんな風に?
〜人間一世紀半 化天のうちに比ぶれば・・・(続きは知りません)〜



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