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zoom RSS 日本史の「デジャヴ」22 ヤマト民族のヘソ曲がり

<<   作成日時 : 2017/12/30 07:20   >>

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日本における「本格的」な法体系は第42代・文武天皇の時代(683-707年)に
制定された「大宝律令」(701年制定)が最初とされています。
この時の「律令」制度は、それなりの努力を払い日本社会の実情に合うように
多少の編纂は加えたものの、骨格部分は当時の最先進国・唐(中国)の
「本場の律令」そのものでした。

「律」は「刑法」にあたり、主に行政法・訴訟法・民事法など「律」以外を
ひっくるめた内容が「令」ということですから、国家の指針を示した今風に
いうなら「憲法」もどきのものと理解していいのかもしれません。
要するに、この制定により官僚機構が整い、天皇を中心とした「中央集権国家」
を一応は実現させたことになります。

さてその基本は「二官八省」に分割された構成で、その「八省」の中には、
朝廷職務を担う「中務省」や財政・租税・国土を扱う「民部省」などに混じって
軍政を司る「兵部省」という部門がありました。
「兵部省」があったということは、当時の日本には国家の軍隊「国軍」が現に
存在していたことになります。
ところがギッチョン、ヤマト民族のへそ曲がり・・・

ちなみに「ヘソ曲がり」とは、
〜お腹の中心にあるべき「臍(へそ)」の位置がずれて(曲がって)いる者〜
を意味し、別の言葉なら/つむじ曲がり/鼻曲がり/根性曲がり/偏屈者/
ひねくれ者/天邪鬼/とも言うそうですから、要するにアナタの備えた人格
そのものを指しています。
念のためですが、その点筆者などはそうした評価にはとんと無縁な存在で、
人様からは「ぷちヘソ曲がり」と呼ばれる程度に収まっています。
もちろん謙遜ですがね。

論点がずれましたが、さてお話は昭和の時代に移ります。
対米戦争(1941-1945年)に敗戦した「大日本帝国」はその後の数年間を
米国を中心とした占領軍(GHQ/連合国軍最高司令官総司令部)
管理・指導の下に置かれました。 つまり「独立国」ではなくなったわけです。
その時期に作成・公布されたのが新生日本のニュー律令?に当たる
「日本国憲法」でした。
意外なことに、この真新しい「憲法」は降伏からわずか15ケ月後(1946年)と
いうずいぶんと早い時期に公布されています。
かなり慌ただしい作業だったことが推察されるところです。

そのニュー律令?「日本国憲法」の目玉?になったのが、「戦争放棄/
戦力不保持/交戦権否認」などを謳った、いわゆる「平和主義」でした。
これを文言通りに受け止めるなら、先の「大宝律令」の場合とは真逆に、
「国軍」(軍隊)の存在は一切認められないということになります。
ところがギッチョン、ここでもやはりヤマト民族のへそ曲がり・・・

どこが「ヘソ曲がり」なのか? つまりこういうことです。
国軍を認めている「律令」の下において、第50代・桓武天皇(737-806年)は
「軍隊撤廃」を行なった一方で、戦力不保持のハズである昭和「日本国憲法」
の下では、誰が見ても「戦力」としか受け止められない装備を保有した、
ということです。
〜OKと言われたらやらない、ダメと言われたらやる〜
これを、ヘソ曲がり/つむじ曲がり/鼻曲がり/根性曲がり/偏屈者/
ひねくれ者/天邪鬼/と言わずして何を言うのでしょうか。

憲法公布式51 桓武天皇61








日本国憲法公布記念祝賀都民大会/桓武天皇


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それぞれの時代背景があっての対応だったことは事実です。
桓武天皇の場合は、懸案としていた東北地方の蝦夷征伐に一応のメドが
立ったという判断があって、この「軍隊撤廃」政策を打ち出し実行に及んだ
ものです。
ただし、ここが幾分ズボラなところですが、それは「律令改正」?などの
一連の措置を踏んだ上で行ったものではなく、それはそれとしてそのまま
残しています。

また「日本国憲法」の場合も、いささか特異な事情が絡んでいました。
〜日本が再び暴走するようなことがあっては敵わん・・・それを抑えるためには
  軍備無しの丸裸にしておくのが最も賢明な策である〜

実質的な作成者?であるGHQのハラの底にはこんな思いもあったでしょうし、
またある種の「功名心」も働いていたのかもしれません。

〜人類史上初の「軍備なき国家」、つまり「人類の理想郷」?を創り出した
  のは、何を隠そうこの我々(GHQ)であるゾ〜

当時の国際情勢が穏やかに推移し、この理念が確実に遂行されたとしたら、
この試み?はひょっとしたら「ノーベル平和賞」ものだったかもしれません。

しかし、人間社会ましてや国際社会というものは一組織が描いた青写真通りに
進んでくれるものでもありません。
その数年後には、理想と功名心に燃えるこのGHQに頭から冷水を浴びせる事件
「朝鮮戦争」※が日本国の目と鼻の先にある朝鮮半島で勃発したのです。
※韓国VS北朝鮮/1950年勃発、1953年以降「休戦中」

これは、世界を二分する当時の両巨頭国のアメリカVSソ連の代理戦争?
もどきの性格を帯ていました。
そんな重大事件が、日本のお隣で起こったことで、アメリカとて日本を「丸腰」
のままにしておくのは何かと不都合・不安を感じ始めたのでしょう。
そこで、占領下にある日本にも武力を保有する組織を発足させました。
「警察予備隊」です。
この「警察予備隊」が後に何度か改組され、やがては名称も「自衛隊」と変え、
実質的な「国軍」として現在に至っているのはよく知られたところです。

つまり新憲法公布のわずか数年後には、「戦力不保持」などを理想とした
憲法理念と、国際状況の変化により「警察予備隊」を設けた現実との間に
大きなズレが生じちゃったことになりますが、GHQとてメンツもあるので、
すぐさま改正に臨むなぞはできない相談です。

この点は「憲法(律令)は憲法(律令)、現実は現実」としてその乖離を苦に
しなかった大昔の桓武天皇と同じ対応ということになりますが、普通の国家
ならこういうことはしないものでしょう。
変化した「現実」を直視し、その状況に適した憲法改正に努めるからです。

早い話が、その戦争で日本と同様に敗戦国になったイタリアもドイツも、
戦後に制定された憲法を何度かの改正を繰り返すことで、21世紀の現在に
至っています。
その回数はイタリアでも15回、ドイツにいたっては50回を超えるそうですが、
ところが日本の場合はこれがなんとたったの「0回」・・・

この事実は、こんな説明にも表れています。
〜2017年現在、施行されてから一度も改正されていない現行憲法としては
  世界最古である〜 wikipedia

世界遺産?並みのこの事実を「理想を追求する熱血」と見るのか、あるいは
「現実直視をサボったズボラ」と見るのかは意見が分かれるところでしょう。

それはともかく、こうして眺めてみると、国家の最高法である「憲法(律令)」
に示されたことでさえ、「無視する(破る?)」ことをあまり意に介さない姿は、
どうやらその昔から備えているヤマト民族固有の民族性にも見えてしまい
ます。
言葉を換えれば、ヤマト民族にはその昔から「法より大切」にしているものが
ある、ということにもなりそうです。
そうでなければ、それこそ単なる「ヘソ曲がり」な輩ということになってしまい、
これでは胸を張ることもできませんからねぇ。

では、ヤマト民族が「法より大切」にしているものってなに?
メッチャ難しいことになってきましたが、たぶんそれは「みんなの納得」
みたいなものではないのでしょうか。
「みんなが仲良く納得できればそれが最良の方法」ということです。
極端に言えば、「法」よりも「みんなの納得」が優先される社会の方が
「住みやすい」とする深層心理があるような気もするのです。

「法の軽視」・・・例えば、昨今の「製品のデータ改竄」事件などはその傍証の
ひとつになるのかもしれません。
得られたデータが定められた基準を仮にクリアできていなくても、売る側も
また買う側も双方が納得しているのなら、それでいいじゃないか、という
運びです。

こうしたズルを一方的に責めることはできないのかもしれません。
〜昔の桓武天皇だって現在の日本政府だって、憲法(律令)と現実との
  乖離を放置したままの歴史を持つ日本国において、企業に対してのみ
  声高に「法令順守」(コンプライアンス)を叫ぶのは、ちょっとばかり不公平
  ではないのかえ〜
 こんな理屈にもなるからです。

日本国という「みんなの納得」優先の「ムラ社会」の内に限るなら、こうした
言い分も、将来に渡って通用し続けるのかもしれません。
しかし、「みんなの納得」という特殊な「物差し」を持たない国際社会では
そのようには運ばず、イヤミな「ヘソ曲がり」とみられること必至でしょうねぇ
・・・きっとなら。

ですから皆さんにおかれましても、「ヘソ曲がり」はホドホドがよろしいようで。
なに、〜オレのヘソ曲がりは「みんなの納得」を得てる〜ってか・・・
これはお見逸れいたしやしたッ!



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