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zoom RSS 日本史の「女性」24 無血開城はなぜできた

<<   作成日時 : 2017/12/10 00:01   >>

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もし、明治新政府側が聞く耳持たぬという強硬姿勢を崩さなかったら、あるいは
幕府側があくまでも抵抗の意思を示し続けたとしたら、「江戸開城」(1868年)は
史実のようには運ばなかったのかもしれません。

実のところ、この「開城」から3ケ月ほど前の「鳥羽・伏見の戦い」に敗れた
旧幕府軍に対し、政府軍(官軍)は徳川家の所領を剥奪だけでなく、
政治運営に必要な財源保全を目的として、江戸城総攻撃の準備に
取り掛かっていたのです。

その直前に、新政府側・「総督府下参謀」薩摩・西郷隆盛(1828-1877年)と、
最後の将軍・徳川慶喜から全権委任?された形になった旧幕府側陸軍総裁・
勝海舟(1823-1899年)による直接会談が行われました。
ちなみに、旧知の間柄の関係にあった西郷は勝とは、この時およそ3年半
ぶりの再会だったとされています。

実は筆者もその通りでしたが、この時の会談場所を「江戸城」と思い込んで
いる向きも少なくないようです。
「江戸城」がテーマになっているのですから無理もありません。
しかしこれは思い込み・錯覚・迂闊の類で、会談様子を描いた下の絵の舞台
はといえば、まぎれもなく「薩摩藩江戸屋敷」です。
筆者の勝手な思い込みは、この場を借りて訂正してお詫び申し上げます。

さて、この直接会談の数日前、海舟は幕臣・山岡鉄舟(1836-1888年)を
通じ、新政府側参謀・西郷に対して水面下の交渉を進めていました。
海舟〜ぶっちゃけ言えば、当方には不穏な動きもあって、これらが反乱に
     走るか、はたまた恭順を守るのかは、今となっては貴殿ら参謀の
     処置一つにかかっておる状況ですわい〜

弱音を吐いているように見えて、実はこれには「脅迫」?にも通じる意味合い
があります。
〜徳川家に対して寛大な処分を認めないということなら、当方とてとてもじゃ
  ないが押さえが効きません。 よってもって結局は全面戦争となり、
  その挙句は日本国が滅亡の道を辿ることにもなりかねませんゾ〜

海舟のこの手紙を読んだ西郷ドンはすぐさま総督や参謀と相談し、
将軍・慶喜の恭順降伏の七条件を山岡に手渡しました。
1) 徳川慶喜の身柄を備前藩に預ける。
2) 江戸城を明け渡す。 ※3)以降省略。

この内容に対し、山岡はすぐさま「注文」?を付けたようです。
〜他の六条件はともかく、慶喜公に関する条件だけはなにとぞ御再考
  願いたい〜

元々が対幕府強硬派の西郷ドンですから、この山岡の注文にはちょっと
困ってしまいました。 西郷ドンのその気分を察したものか、すかさず、
山岡〜えぇですか、立場を入れ変えて考えてみて下さい。
     仮に島津公※が現在の慶喜公の立場にだったら、西郷殿はOK
     できますか?〜

※この場合の「島津公」とは、当時の藩主・忠義(茂久)でも、またその父の
  国父・久光でもなく、名君・斉彬(1809-1858年)のこと。

江戸開城51 天璋院篤姫01











薩摩・西郷と幕府・勝の会談(薩摩藩江戸屋敷)/天璋院篤姫

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かつての主君であるその斉彬公を心の底から尊敬していたのが西郷ドン
です。 山岡の言い分には一理あると理解を示したものか、
西郷〜ウーム、分かりました。 慶喜公のことは私が責任を持って引き受け
     ましょう〜
(たぶん薩摩弁で)
ここまで十分に詰めておいての、薩摩屋敷における西郷・海舟「直接会談」
だったわけです。

そりゃあそうでしょう。 下交渉もせずに「直接交渉」本番の場で、決裂なんて
ことになろうものなら、さすがにカッコ悪いですからね。
実際当日の西郷ドンと海舟の間では、江戸開城に関する重要な交渉事は
何もなかったとされています。

しかし、いかに面識があり互いが互いを認め合う仲だったとしても、西郷ドン
と海舟が進めた「国家の行方」を方向付けたこの大事の経緯はあまりにも
スムーズ過ぎやしないか?
なにせ、西郷ドンはバリバリの対幕府強硬派なのです。

そこで、この場面に顔を出した人達ばかりでなく、出さなかった人が与えた
影響にも関心が向きます。
一人は、藩主時代に下士階級出身の大久保利通やこの西郷ドンを見出し
育てた先出の「島津斉彬」です。
西郷ドンなどはその人物の大きさに深く心酔し、斉彬の突然の訃報に接した時
なぞは殉死を考えたほどでした。 ※暗殺説もあり。
この時は周りからの強い説得もあって実行は叶わず、逆に斉彬の遺志を継ぐ
決意を固めています。

その薩摩・斉彬と幕府・海舟は立場の違いはありながら、「日本」を思う
気持ちに相照らすものがあって、その親交には深いものがありました。
〜ここに至って幕府だ、新政府だと言って、国が2つに分かれているようでは
   その隙に外国の植民地にされてしまう心配もある〜


さらに、西郷ドンと海舟には共通して関わりを持つ人物がいました。
それが天璋院(篤姫/1836-1883年)で、薩摩藩島津家の一門に生まれ、
島津斉彬の養女となり、さらには近衛家の娘として13代将軍・徳川家定
(1824-1858年)に嫁ぎ、御台所となった女性です。
将軍家に嫁ぐには「外様大名の娘」という身分ではいささか不都合もあった
のでしょう。 それで一旦名門「近衛家」の養女となって、「条件」を整えた
ものと思われます。

西郷ドンからすれば、今でも「尊敬する斉彬公の娘子」ですから、その心情
には重いものがあり、また幕臣・海舟からすれば、先々代将軍の奥様という
存在感があります。

ですから、仮に海舟が
〜西郷ドンよ、此度のアンタ指揮下の「江戸総攻撃」プランには天璋院様も
  ずいぶんと心を痛めておられるそうだゾ〜

あるいは、直接ではないにしろ、天璋院が西郷ドンに向けて、
〜「江戸総攻撃」の件は、よくよく考えてくださいネ〜
などのサインを送っていたととするなら、さすがの西郷ドンも挙げた拳を
降ろさざるを得なかったでしょう。

ですから、直接交渉のその場に着いたのは西郷ドンと海舟だったにせよ、
姿はなくとも斉彬公天璋院篤姫も「出席」?していたことになるのかも
しれません。 まさに「事件(歴史)の陰に女あり」です。

かくして、旧幕府軍は新政府軍に対して無抵抗で江戸城を明け渡しました。 
歴史の奇跡?「無血開城」のこうした経緯を踏まえると、この時期に
西郷ドンと海舟の二人が下したこの大英断が、結果的に「江戸焼亡」を
未然に防ぎ、さらには「西洋列強の干渉や参戦」から日本を守ったとも
いえそうです。

それでひょっこり思い出したことがあります。
先日近所のスーパーで「全国有名駅弁フェア」を開催していたのです。
北海道の「いかめし」、群馬の「峠の釜めし」などとともに、西郷ドンの出身地
鹿児島からは「西郷どん丼」・・・まんまのネーミングの弁当でした。

西郷どん丼
筆者の親切心から、その「西郷どん丼」(松栄軒)
の写真もご紹介しておきましょう。
ちなみに、お値段は「1,100円(税込)」でした。

さて、来年(平成30年)の大河ドラマは、
この西郷ドンを取り上げた、タイトルも
まんまの「西郷どん」とのことですから、
こちらの「西郷どん丼」も来年は人気急上昇?




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