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zoom RSS 日本史の「発明発見」18 リサイクル征夷大将軍

<<   作成日時 : 2017/11/25 00:10   >>

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日本史の中の「将軍」(征夷大将軍)の位置付けとは?
こう言われれば、まあ一般的には国家の最高権力者、要するに現代で言う
ところの「総理大臣」もどきの地位をイメージすることでしょう。
江戸幕府の政治形態を思い起こせば、この印象はもっと強くなります。

しかし、元来はそうした性格を有していませんでした。
じゃあ、どんなんだったのじゃあ?・・・実はこんな風に説明されています。 
「征夷大将軍」とは、
〜飛鳥時代(592-710年)奈良時代(710-794年)以来、東北地方の
  蝦夷(異民族)征伐事業を指揮する臨時の官職〜


ですから、この時代に蝦夷征伐で大きな実績を見せた「征夷大将軍・
坂上田村麻呂」
(758-811年)も、実を言えば、この「臨時官職」に
過ぎなかったわけです。
それが証拠に、田村麻呂以前も以後もこれに準じた役職はあって、
「持節征東将軍」とか「征東大将軍」とか種々の名称で呼ばれました。

ちなみに、現存する最古の和歌集「万葉集」・・・この編纂に大きな関わり
があったとされていることで超有名?な奈良時代の貴族・歌人大伴の家持
(718頃-785年)も、晩年にはこの「持節征討将軍」に任じられ、現役のまま
亡くなっています。
実は、歌人としてだけではなく武人としての一面も持っていたわけです。

では、その「臨時」の職分が、後世においては「総理大臣」もどきの地位に
まで出世したのにはどんな経緯があったのか?
そのカラクリは本邦初の武家政権である「鎌倉幕府」にあったように思われ
ます。
この頃武士の棟梁の立場にあった源頼朝(1147-1199年)は、朝廷に武士
の権利を認めさせようとしていました。
この時代までに大きな台頭を見せてきた武装農民(後の武士)に対し、
朝廷公家は、あくまでも〜血なまぐさい戦を好む卑しい者〜 
極端に言うなら奴隷もどきの感覚で接していました。
ですから、武士の権利要求に対して決して色よい返事をしません。
要するに「ゼロ回答」の繰り返していたわけです。

こうしたことは、考えてみれば無理もないことで、
〜奴隷たち?の過分な要求に対しては、首を縦に振らない〜
これが古今東西共通した、支配者の当然の態度だからです。
なぜなら、〜えぇわえぇわ〜で妥協を続けていたなら、やがては自分
たちの首を絞めることになることが目に見えているからです。

そこは武士たちも百も承知。 しかし、
〜なんとかこの硬い殻をブチ破らないことには「俺たちに明日はない」!〜
そこで、武士たちが目を付けたのが先の「臨時官職」であるこの「征夷大将軍」
でした。
つまり、非常に形式的な理由付けですが、異民族征伐?のためとして
地元東国に「幕府」を置くことの許可を得ようとしたわけです。
実際、当時の東北地方には、朝廷の管理下に収まりきっていない当時の
認識では「異民族」?もどきの奥州勢力がありました、

〜「異民族」?に対する備えは十分ですかぁ?〜
武士側からこの弱点を突かれれば、戦を忌み嫌って「丸腰」でいる朝廷公家
とてやみくもに「ダメなモノはダメ」と突っぱね続けることもできません。

結果、妥協の産物?というのでしょうか、ともかくも頼朝は地元・鎌倉に
「幕府」を置くことになりました。
実はこの「幕府」というものにもカラクリがあります。
江戸幕府の姿を眺めると、あたかも「正当な政府」そのものに感じられます
が、「幕府」とは元々はこんなモノを指していました。

簡単に言えば、
〜「幕」は「天幕(テント)」のことであり、「府」とは「書庫・倉庫」〜
程度のことですから、そこに「征夷大将軍」が派遣・配属?されたのであれば、
つまりは戦争遂行のための「前線基地/前線指令部」ほどの意味合いに
すぎません。
〜やっぱ穢れた武士共らしい、いかにもシミったれたケチくさい要求だ〜

そう踏んだからこそ、朝廷公家側も最終的には認める形にしたのでしょうが、
ところが、この「前線基地」(幕府)には、武士側からすれば大きな利点が
あったのです。
 
征夷大将軍62 征夷大将軍坂上田村麻呂51








征夷大将軍/蝦夷地平定に向かう坂上田村麻呂(清水寺縁起絵巻)

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例えば思いがけなく敵の攻勢にあった折など、その都度いちいち京(朝廷)
まで使いを送ってお伺いを立てていたのでは間に合うはずもありません。
部隊全滅とまではともかく負け戦は必至です。
そうならないための「前線指令部」ですから、戦況次第では現地司令官
(つまり征夷大将軍)の臨機応変の「現場判断」が優先されることになります。

そうしたことは戦術・作戦に限りません。
戦争遂行のためにはその費用の調達も必要になりますから、現地での
「徴税権」も手に入れたことになります。
さらには、人手が不足とみたら、「現地徴兵」だってできます。
こうしたことを戦場からはるか離れた「京」へ、いちいちお伺いを立てて
いたのでは、これも「間に合わない」からです。

つまり、こうした拡大解釈?と拡大行動?を続ければ、そこに京の干渉を
受けないで済む「東国限定・ミニ政府」が誕生することになるわけです。 
う〜ん・・・なんとなく、ペテンくさい! 
確かにそうした印象は否めませんが、これは虐げられ続けてきた者達、
つまり武士側の「生活の知恵」だったかもしれません。

ここまでくれば、この「ミニ政府」の勢力を拡大発展させることは、さほど
困難でもありません。
なぜなら、先の坂上田村麻呂の活躍によって「異民族」?を制圧できたと
判断した朝廷公家側は、その後になんと「軍隊廃止」を断行し、それ以降は
武力放棄したままの、スッポンポンの「丸腰」だったからです。
かくして、武家政権による、いわゆる「幕府政治」が誕生し、成長していった。
こういうことになりそうです。

しかしまあ、こんなこと・・・つまり「臨時官職」だった「征夷大将軍」を
「総理大臣」もどきの立場に押し上げ、単に「前線指令部」に過ぎなかった
「幕府」を「政府」もどきの権限を有する組織にまで変身させる。
このトリック?を思いついた人物はいったいどなただったのでしょうか?

たぶん、鎌倉幕府初代征夷大将軍となった源頼朝ではないでしょう。
一旦は敵方「平家」の捕虜になりながら命を救われ、やがては武士の
棟梁にまで成り上がった?源頼朝は、確かに稀代の「幸運児」ではあるもの、
こうした問題提起を我一人で取り扱えるだけの政治テクニックを備えていた
とは思えないからです。

だって、単に「臨時官職」や「前線指令部」に過ぎなかったものを見事に
リサイクル?して、「総理大臣」や「政府」にまで大変身させるのは、
ちょっくらちょいの「知識・知恵」では及ばないことですからね。

ですから、おそらくは優秀なブレーンが頼朝に対して提案し、そしてその後の
運動を主導したものだと思われます。
ひょっとしたら、この「リサイクル・アイデア」を思いつき、実質的に主導した
のは、頼朝の側近・大江広元(1148-1225年)あたりかもしれません。
頼朝が「守護」(県知事?)や・地頭(県警?)を設置したのも、この広元の
献策によるものとされていますし、名目上とはいえ、将軍に次ぐ幕府
ナンバー・ツーの処遇を受けていたようですから、可能性としては
「あり得ること」になりそうです。

それはともかく、この「征夷大将軍」や「幕府」というものをリサイクル活用?
する方法は、よほどこの日本民族の感性にフィットしたようで、頼朝の
鎌倉幕府(1185-1333年)以後、室町幕府(1336-1573年)、さらにはその後
江戸幕府(1603-1868年)と、途中いくらかの「幕府空白期間」はあった
ものの、およそ700年の長きに渡り愛用?され続けました。

ただ、なんでもそうですが、あまりに長い間(この場合は約700年)も
使い続けると「経年劣化」?を起こすのは必至で、仮にその間折にふれ
修理や部品交換を繰り返したとしても、その機能性能にはさすがに著しい
支障が認められるようになり、やがては「新品」?を取り換える必要が
出てきます。

ですから「幕府政治」が遂には終焉し、新品?「明治政府」に取って代わら
れたのも、「経年劣化」?が修理不能のレベルにまで達していたという
ことかもしれません。

さて、お話は変わって今度は筆者の生息地「名古屋」の話題。
実はこの「名古屋」は妙にこの「征夷大将軍」に縁があるのです。
早い話が、リサイクル?された後の「征夷大将軍」、つまり「幕府」における
最初の「征夷大将軍」となった源頼朝は、何を隠そう正真正銘の
「名古屋生まれ」※なのです。
※熱田神宮(名古屋市熱田区)の西側にある「誓願寺」がその地

そんなら、オリジナルの「征夷大将軍」(臨時官職)の方は、どうだってか?
聞いてビックラこくなッ! 
「征夷大将軍」としての働きで一躍名を馳せた「坂上田村麻呂」の生年こそ、
実はジャスト「758年」(つまりナゴヤ)なんですねぇ、これが!



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