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zoom RSS 日本史の「タブー」03 コメ将軍の”贅沢は敵だッ”

<<   作成日時 : 2017/11/15 00:01   >>

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将軍本家ではなく御三家の一つ紀州藩の出身で第8代将軍に就いたのが
徳川吉宗(1684-1751年)で、後に「享保の改革」(1716-?年)と呼ばれた
幕政改革に乗り出しています。(将軍在任1716-1745年)
そうした大仕事に敢えて取り組んだのも、本家出身でないことに幾分の
引け目があってのことだったかもしれません。

その改革内容も、新田開発(米の増産)/年貢の引き上げ(増税?)/
目安箱の設置/大奥のリストラ/風俗・出版の統制/福祉の充実/
など、実に広範囲に渡るものでした。
要するに、幕府の財政再建が大きな目的であり、そのために
〜「収入」を増やし「支出」を減らす〜 これを基本政策として、幕政治革?
ひいては世直し?にまで手を広げました。

ちなみに、ことのほか「新田開発」には熱心で、これを進めるにあたって
見せた吉宗の「米」に対する関心には並々ならぬものがありました。
将軍退職後?に「大御所」の立場になってからも、財政に直結する米相場
に口を挟んだほどです。 
こうしたことから「米将軍」※とのあだ名も頂戴しています。
念のためですが、「アメリカ(米国)の将軍」という意味ではありません。
※または米の字を分解した「八十八将軍」とも。
 

さて、幕府の財政改革については、「収入を増やす」算段は「増税」や
「新田開発」などで何とかなりそうと踏んだのでしょう。
返す手で、「支出を減らす」ことにも多大な努力を重ねました。
先に挙げた「大奥のリストラ」もそのひとつで、当時4000人※いた大奥の
スタッフを1/3の1300人まで減員させたとされています。
この「大奥スタッフの4000人」という人数は、俄かには信じられない数字
ですが、wikipediaにも確かにこのように記載されています。

また自らの食事にまで手を付け、毎日朝夕の2回のみ、その献立も質素
優先の「一汁三菜」にしたとも伝えられ、要するに、アナタのように
〜旨いものをたらふく〜などとは考えもしなかったということです。 エラいッ!

こうした我慢を「率先垂範」の形で示す権力者の姿は、日本史ではたまに
見かけることがありますが、世界史の中には(伝説や逸話の類を別に
すれば)、実はそうそうはありません。
「やりたい放題」は権力者の特権、これが世界の常識だからです。

それはともかく、ここまでの吉宗の姿は、まことにもって日本型「名君」を
具現化したものになっています。
ところが、そんな吉宗にもこうした思いが芽生えてきます。
〜将軍であるオレが「率先垂範」の意味を込めてこれほどの「質素倹約」
  に努めているのは、下々の民にも同様なライフスタイルを求めているから
  なのだ。・・・だったらダ、民とて素直に  その路線に沿ってくるべきがスジ
  ではないのか! ええぇ!〜


要するに、質素倹約に一生懸命な吉宗の目には、逆に民の暮らしぶりが
贅沢に映り、いささかの不快感を覚えたということでしょう。 
現代の考え方なら、庶民の贅沢とは社会の経済活動が元気な証拠です
からむしろ歓迎すべき現象です。
ところが、この時代の吉宗にはそうは考えられませんでした。 
そこで、思わずこんな掛け声に。
〜やい民よ、派手な衣装・豪華な飾り物に限らず、過分な下着にしたって
  要するに法令違反なのだから、ちゃんと奉行所に監視させているゾ。 
  無駄な抵抗は止めてひたすら「質素倹約」に努めなさい・・・ウーム、
  ホントにぜいたくは敵だッ!〜


実はこの吉宗、民の声を吸い上げ、それを施政に生かそうとする考えから
「目安箱」の設置を実施していました。
ところが、皮肉なことにその「目安箱」を通じて吉宗の手元に、こんな諫言が
届いたのです。
投書の主は「山下幸内」※と名乗る紀州藩浪人でした。
※ひょっとしたら、幸内は紀州藩主時代の吉宗を知った人物か?

〜上様よ、アナタ個人が質素倹約に努めることはまことに結構な心掛けで
  感服いたします・・・いやホントご立派ッ!〜
 
ひとまずこう持ち上げたあとに、
〜だからといって民に贅沢禁止令を強要することは感心できません。 
  そんなことは社会の金回りを悪くするだけで、経済活性化のお邪魔虫に
  なって、決して国民の幸福に直結することはありませんでぇ〜


一汁三菜61 徳川吉宗51









 「一汁三菜」の例/八代将軍・徳川吉宗

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さらには、吉宗の打ち出した政策に対してこんな値踏みも。
〜藩のお触れ程度ならともかくも、国家のスローガンとしては、あまりにも
  「みみっちい内容」ではありませんかぁ〜


この諫言に対して吉宗が一定の理解を示したものか、はたまたムセッと
したものの一介の浪人の言葉に将軍がそのような反応を示したのでは
大人気無いないと考えたものか、その辺はよく分かりませんが、しかし、
ともかくこのことで諫言者「山下幸内」が罰せられることはなかったようです。 
やれ、めでたし、めでたし。

で、このいわゆる「享保の改革」の成果はいったいどうだったのか?
確かに、目的の一つである幕府の財政再建という面では一定の成果を
挙げました。 この実績が「名君」の評価につながっているのでしょう。
ところが、「幕府」以外の者にとっては、あまり「恩恵」がなかった・・・という
より、逆にいささか「迷惑な状況」に巻き込まれた、と言う方が当たっている
のかもしれません。

例えば武士階級。
「おコメ」でサラリーをいただく武士階級も、実質的な「貧乏スパイラル」に
はまります。
なぜなら、特段の「功名(手柄)」立てた例外的な者はともかくとして、武士の
給料は先祖代々と同じ石高の「固定給」?を基本にしていたからです。

武士の給料である「おコメ」は、一面では「商品」そのものですから、
要するに、〜商品が豊富になれば、価格は下落する〜
そう、幕府は躍起になってその「コメ(商品)の増産」に努めたのですから、
武士階級にとっては実質的な「収入の目減り」「減俸(ベースダウン?)」に
なることは当然の成り行きです。 いわゆる「需要と供給の関係」です。
伴い、〜武士の生活も次第に苦しくなる〜ということになります。

では、コメを増産することによって、生産者である農民の暮らし向きは
よくなったのか?
ところがギッチョン、幕府はここに「年貢増」、今風なら「増税」を実施しました。
「増税」が納税者側の生活水準を低下させることは、これまた古今東西
「世の習い」です。

実際、そのために〜農民の生活は窮乏し、百姓一揆の頻発を招いた〜
とされていますが、ただ、どの程度の行動をもって「一揆」と判定するものか、
また年間一ケタほど(多い年でも十数件/年)の発生件数を「頻発」という
言葉で説明するのが妥当かどうかなどの点も、残念ながら筆者に判断できる
ところではありません。

ではでは、「工商」関係者は?
「質素倹約」とは、言葉を変えれば「消費」を減らすことにほかなりません
から、経済活動全般が鈍くなってしまうのは必至で、結果としてそれに携わる
人々、つまり商工業者にも容赦なく「不況」が忍び寄ることになります。
言葉を変えれば、今までの「稼ぎ/収入」を確保できなくなったということです。

ですから、総括すれば、いわゆる「享保の改革」とは、
〜幕府だけは潤ったものの、それ以外の武士も農民も工業者も商人も、
  すなわち「士農工商」すべての階層の生活レベルを低下させた〜

残念ながら、結果としてはこんなところだったようにも見えてしまうわけです。
だとしたら、このいわゆる「享保の改革」という政策は、「した」方がよかった
のか? はたまた「しなかった」方がよかったのか?

さて、例によって余談になりますが、昭和の戦時中のこと。
長期戦になったことによって物資不足が懸念されていた中で、国民に
耐乏生活を求めるこんなスローガン(戦時標語)が作られました。 
〜ぜいたくは敵だ!〜
ところが、国民というのは案外にしたたかな生き物で、ここに一文字を加え、
ムキになる政府を茶化した者もいたのです。 〜ぜいたくは“素”敵だ!〜

ですから、おそらくは吉宗の時代にも同様な人間達が大勢いて、幕府の
目の届かないところで、〜ぜいたくは“素”敵だ!〜とやっていたに違い
ありません。
なんの古今東西、人間のやることって、そんなには変わりませんからネ。
〜政府(幕府)が国民(民)をコントロールしようとしても、そうそう上手く
  運ぶものではないなぁ〜

このことを、この時の吉宗もシミジミ味わっていたのかもしれません。

ちなみに、現代ではメタボの人に向けたこんなスローガン?もあるとか。
〜ぜいにく(贅肉)は敵だ!〜 
ところが、そうしたメタボ人間がダイエット(贅肉落とし)に挑んだ挙句に、
それに失敗すると・・・戦時中と同様にここに一文字を加えて、
〜ムムムッ、ぜいにく(贅肉)は”無”敵だッ!〜



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