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zoom RSS 日本史の「誤算」07 我が死は三年間秘すべし

<<   作成日時 : 2017/11/05 00:01   >>

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自領に迫った甲斐・武田信玄(1521-1573年)軍。 これを阻止すべく、
徳川家康(1543-1616年)が、屈強な自前の軍団「三河武士団」及び
織田信長(1534-1582年)軍との「連合軍」を率いて挑んだのが、
いわゆる「三方ヶ原の戦い」(1573年/現:静岡県浜松市)でした。
ところが、武田軍は圧倒的に強く、徳川織田「連合軍」はボッコボコに。
撃退どころか、こともあろうに大将である家康自身ですら命からがら本拠・
浜松城へ逃げ帰る有様でした。
ちなみに、この時の家康は恐怖のあまり「オモラシ」をしちゃったようで、
この時すぐさま絵師を呼び寄せるや、己のその惨めな姿※を写し取らせた
とされています。
トップとしてあってはならないこの無様な姿を生涯の戒めとするために、
敢えて残した「屈辱の記念写真」?といったところでしょうか。
※「徳川家康三方ヶ原戦役画像」(通称:「顰(しかみ)像)徳川美術館所蔵

ただこの直後のこと、圧倒的に優位にあった武田軍が進撃を停止、
そればかりか、突如として自領甲斐へ引き返す行動に出ました。
大将・信玄がにわかに体調を崩したことがその原因で、事実その「帰宅」?
途上で信玄は死去しています。

さて、その折の信玄の様子を、この少し後に成った武田家の軍学書
「甲陽軍鑑」は、こう紹介しています。 
〜「我が死は三年間秘すべし、骸は云々・・・」 自らの死に際し、信玄公は
  そう言い遺された〜
 
そういうことなら、忌の際の信玄の脳裏にはこんな思いが走ったものと
推測されるところです。
〜群雄割拠のこの時代に、このタイミングで「信玄死去」のニュースが
  世間に拡まろうものなら、武田家にとっても、それはそれは大きなダメージに
  なっちゃうに違いない。 よってもって今後「3年間」は「我が死」を絶対の
  秘密にしておかなければならないッ〜


ですから、武田家「甲陽軍鑑」の内容は、こんなニュアンスを含ませたことに
なりそうです。
〜信玄公なくしては現在(信玄死去後)の武田家は持たない〜
逆に言えば、信玄の偉大さを称えているわけです。
このセリフは大変にドラマチックでもあるため、現代でも信玄の最期を
扱ったドラマなどでは、必ず使われていると言っていいほどですから、
つまりは、この信玄最期のこの言葉は当時もまた現代でも「カッコイイ」
ものとして受け止められていることになります。

でも、本当にそう解釈していいものでしょうか。
少しひねくれた見方をするなら、実はそれほど「カッコイイ言葉」でもなく、
それどころか、もし正気でそう言ったとしたなら少々「オマヌケ」な言葉の
ようにも感じられるのです。

武田信玄51 しかみ家康51










武田信玄/徳川家康(しかみ像)

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まず第一に、これが戦国の世の出来事だということです。
勝つか負けるはを日常としている環境にあって、直前まで快進撃を続けて
いた軍団が、突如Uターンをするという、とてつもなく不自然・不可解な
成り行きに直面したのなら、誰だって「ははん、なんぞ尋常ではない事が
起こったに違いないナ」

即座に詳細までは把握できないにせよ、このくらいの推理は働くものです。

そうなれば、どの国とてそれまで以上に活発な「諜報活動」に乗り出して、
「真相究明」に躍起になるのは必至で、実際この時代、こうした「諜報活動」で
集められた情報によって、国の命運を左右したことも少なくありません。
要するに、情報を冷静沈着に分析することで、「勝てる」と判断したなら
戦にまで踏み込むことも辞さず、「勝てない」と判断されようものなら、
折れて出ると対応を基本としてきたわけです。

実際、甲斐国のカリスマ経営者である信玄自身も怠りなくそれを続けてきた
はずで、これがなくしては、これほどの勢力拡大は考えられません。
そうでありながら、自身の死についての情報だけは、これを「三年間秘せ!」
とは?
もし、本当にこんな実現不可能な無理難題を言い遺したとしたなら、
ひょっとしたら、意識朦朧に陥った中で信玄が発した「うわごと」だった
とも考えられなくはありません。

「信玄死す」。 このビッグニュースを「カモフラージュ」(隠蔽)しようとする
なら、それこそ健在な時以上の活動をもって積極的な「工作」に努めなければ
なりません。
「心柱」を失った御家にとっては、かなり荷の重い仕事です。
また逆に武田家が一転して「静か」になってしまえば、それはそれで
他国は間違いなく疑念を抱きます。
その原因を探るべく、これまで以上に熱心な「諜報活動」に励むようになる
のはこれまた必至ですから、どちらにせよ相手の動き次第という不確定要素
を抱えているわけです。
そうしてみると、事実を「隠し通す」なんてことは、実際容易ではないという
ことになります。

そうした状況の中で、どうやったら「三年間」も隠し通せるというのか。
結論を言えば、到底やり遂げられることではありません。
ですから、これを正気の信玄が言ったとするなら、これはまったく現実を
見つめていない無理無体な「遺言」?ということになるわけで、これを
「オマヌケ」と言わずにおられましょうか。

事実、その「絶対の秘密」は早い段階で漏れていき、どうやら少なくとも
数十日のうちにはライバル武将たちの多くが「信玄死す」を確信したようです。 
そりゃあそうでしょうよ。 
誰もが信玄の動静には神経質になっていた時期なのですから、割合
勘の冴えない系の人間でも無理なく到達する「コトの真相」です。

ですから、つまりのところ、「3年間秘せ!」とのカッコイイ言葉は実際には
なかったのでは?
もし、あったとしたら、それは「うわごと」に近いものではなかったのか。
というところが、今のところの筆者の見解ということになるわけです。

遺言空しく、この後信玄四男「武田勝頼」(諏訪四郎勝頼/1546-1582年)に
率いられることになった「信玄抜き?の武田家」は「長篠(設楽ケ原」の戦い」
(1575年/現:愛知県新城市)の惨敗によって大きなダメージを受けた
ばかりか、その後の信長・徳川家康・北条氏政「連合軍」を相手に廻した
「天目山の戦い」(1582年/現:山梨県甲州市)でもって、遂には滅亡に
追い込まれています。 信玄の死後10年を経ずしての出来事でした。

さて、お話を「三方ヶ原の戦い」で命からがら逃げ帰り、「屈辱の記念写真」?
を撮った徳川家康に戻しますと、実は後になって、滅亡した武田家の
遺臣達を自分の家臣たちに再雇用?させています。
かつて自分を窮地に追い込んだ彼らの実力を高く評価していたわけです。

ここが家康という人物の偉いところで、例えばアナタだったら、
〜コンチキショーメ! あん時はこのオレに赤っ恥をかかせやがって!〜
こんな按配で、いつまでも根に持つ・・・まあ、この程度が相場でしょう。
つまり、〜アナタが天下を取ることは決してないッ!〜
・・・歴史は、冷徹にもこうした真理を突き付けているわけです。
もっともその点は筆者とて「同じ穴のムジナ」なのですが・・・残念ながら。



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