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zoom RSS 日本史の「陰謀」22 暗殺犯が築いた千年栄華

<<   作成日時 : 2017/07/05 00:01   >>

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「暗殺」とは、概略こんな説明になっています。
〜主に政治的、宗教的または実利的な理由により、要人を不意打ちで殺害
  する行為〜

この説明に沿えば、明智光秀(1528-1582年)が決行した「本能寺の変」
(1582年)を「織田信長暗殺事件」と呼ぶこともできそうです。

そして、こうした「暗殺事件」は、歴史の中では古今東西、引きも切らず盛んに
起きており、たとえば日本の場合なら、この「本能寺の変」より140年ほど
遡った時代にも、よく似た顛末があったことに気が付きます。

お話の主は、将軍選任の際に「クジ引き」という特異な経緯を踏んだ室町幕府
第6代将軍・足利義教(1428-1441年)です。
「籤(くじ)」という「神のご宣託」?によって将軍の座に就いたことから、おそらく
本人には「我は神に選ばれし将軍である」という強い思いがあったのでしょう。 
「神に選ばれた」ということは、遠慮は不要ということですから、その政治姿勢は
モロに「強権政治」になります。

この点は、先に挙げた戦国時代の織田信長(1534-1582年)とよく似ており、
その意味では、まさに織田信長の「大先輩」に当たる人物と言えるのかも
しれません。
この第6代将軍・義教を、守護大名・赤松満祐一族が討った出来事を
「嘉吉の乱」(1441年)といっていますが、言葉を変えれば、これも「足利義教
暗殺事件」
と呼べることになりそうです。

こうした事件の延長線上で捉えたとき、幾分スッキリしないものを感じさせる
「暗殺事件」もあります。 
それは、時代はさらに遡って7世紀。 宮中の公式行事のさなかに、
引き起こされた「乙巳の変」(645年)です。
実行に及んだのは中大兄皇子(後の天智天皇/626-672年)と中臣鎌足
(614-669年)たちのグループ。 標的とされたのは蘇我入鹿(610-645年)。

この経緯について、「日本書紀」は概ねこんな説明を加えています。
〜この頃の蝦夷・入鹿父子の奢り昂ぶりには目に余るものがあったのダ〜
ご親切なことに、その奢りの具体的な内容も。
〜国中の民衆を動員して作らせた自分たち父子の墓を「陵(みささぎ)」と
  呼ばせたり、また子どもたちを「皇子(みこ)」と呼ばせたり、畏れ多くも
  天皇家にしか許されない呼称を平気で使っていたのだゼ〜


要するに、「変」の実行者側はこう言っているわけです。
〜社会の秩序を守るためには、正当性のない専横を続ける悪漢・蘇我氏を
  懲らしめなければならなかったのダ〜

でも、この言い分を鵜呑みにしていいものか?

なぜなら、こうした主張は勝利者側の公式発表?に過ぎず、一方の敗北者の
“言い分”はまったく反映されていないからです。 
悪漢?蘇我氏はすでに滅んでしまっており、まさしく
〜勝てば官軍/死人に口なし〜の状況にあるわけです。



藤原鎌足51 入鹿暗殺51 








藤原鎌足/乙巳の変(蘇我入鹿暗殺事件?)

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では、事実はどうだったのでしょうか?
実際このあたりの解釈については、様々な「学説」が説かれているようで、
そうした中には、蘇我氏VS皇族・反蘇我勢力の「主導権争い」だったとする
見方もあります。

つまり、この時の蘇我氏を単純に「専横な悪漢」と受け止めることには疑問が
あるという主張です。
確かに、「陵」や「皇子」という言葉を隠すことなく大っぴらに使っていたとする
なら、〜そんなことが続けられた蘇我氏の方がホンマモンの権力者であった〜 
こちらのほうが素直な受け止め方になるような気もします。

しかも、この事件は曲者?中臣鎌足なる人物が「打倒・蘇我氏」を目論んだ
ことが発端になっているのです。
最初に鎌足は「軽皇子」(後の孝徳天皇)に接近し、協力を打診しました。

ところが、その際の皇子の反応がいささか鈍かった?のか、あるいは、
その誘いをとんでもなくヤバイものと感じた軽皇子の方から断ったものか、
いずれにせよ、これは不調に終わりました。

しかし、これで諦めるような鎌足ではありません。
次には中大兄皇子に接触しています。 ですから、ひょっとしたら、確かな
身分を備えながら蘇我氏に冷や飯を食わされている者であったら、誰でも
よかったということかもしれません。

さて、誘われた中大兄皇子は、悪漢?蘇我入鹿に対する正義感に燃えた
ものか、それとも鎌足の鮮やかな弁舌に丸め込まれたものか、ともかく
その話に乗りました。

かくして、二人の行動は「乙巳の変」になだれ込んでいきます。
なにせ、宮中公式行事に列席中の標的・入鹿をいきなり襲って首を刎ねたと
いうことですから、「蘇我入鹿暗殺事件」と呼ぶに遠慮の必要がないほどの
ド派手さです。

ただ、この「乙巳の変」は先の二つの「暗殺事件」とは、大いに異なる点が
あります。
「信長暗殺」後の明智光秀は俗に言う「三日天下」の終わり、また「義教暗殺」
後の赤松一族は指名手配?となり、さらには滅亡の道を辿りましたが、
「入鹿暗殺」の実行犯である、この中大兄皇子・中臣鎌足たちは、その後の
「政権」をしっかり手中に収めていることです。

とりわけ大きな果実を得たのが、「変」の発起人?幹事?ともいうべき働きを
した中臣鎌足です。
また、鎌足は実に巧みなアリバイ作り?をしています。 
それは、〜身分なき者が、時の最高権力者を討った〜という形にならないよう、
反蘇我派の有力者たちに対して、根気よく共犯?のお誘いを繰り返している
ことです。

その意味では、ともに剣を振るった中大兄皇子は、実際には鎌足が隠れ蓑に
した存在に過ぎず、もっと露骨に言うなら、ダミー・影武者・替え玉もどきの
立場にあったのかもしれません。
〜天皇家の陰にあって、天皇家を凌ぐ栄華を手中にする〜
後の時代になって鎌足の子孫「藤原氏」が示した「藤原スタイル」の原型が、
この時すでに顔を見せていると言ってもいいのでしょう。

〜朝廷を蔑ろにする専横者・蘇我氏からこの国を守るために、正義の味方で
  ある中大兄皇子・中臣鎌足グループが討ったのだ!〜

こうした主張を示した「日本書紀」の成立にすら、実は鎌足の息子である
「藤原不比等」(659-720年)が関与した気配すら感じられるのです。

仮に、「乙巳の変」の実態が権力者同士の「内ゲバ」に近いものだったにせよ、
巧みに〜勝てば官軍/死人に口なし〜の状況を作り上げ、自らを正義の味方と
したことで、この後の千年栄華を手中にしたのですから、中臣鎌足とその子孫・
藤原氏一族の一筋縄ではいかない辣腕ぶりには驚嘆のほかありません。



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