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zoom RSS 日本史の「冗談?」15 新政府は”借金清算”事業団?

<<   作成日時 : 2017/05/10 00:01   >>

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現代なら莫大な借金を抱えて返済不能に陥った場合、普通は会社は「倒産」、
個人は「自己破産」に至ることで、一応の決着はつくものです。
では、これが江戸期の「藩」の場合だったらいったいどうなるものなのか?

実際、幕末期においてはそれこそ「莫大な借金」を抱え込んでいた諸藩も
少なくなく、俗にいう「薩摩藩77万石」もその仲間でした。
その額なんと500万両とも。

この頃の薩摩藩は年収が14万両程度。 それに引きかえ、この借金の
年間利息だけでも60万両を超えていたとされていますから、「莫大な」と
いう表現もあながち大げさではありません。

これを分かりやすく2倍の数字と現代単位に直して、現代の個人生活に
例えると、〜年収280万円の人が累積1億万円の借金を抱え、利息だけ
  でも年間1,200万円を必要とした〜
という状況ですから、早い話がもはや
「返済不能」で完全に「自己破産」のレベルに陥っていたことになります。

そこで薩摩藩は、財政・農政・軍制改革に取り組むべく調所広郷(笑左衛門
/1776―1849年)に白羽の矢を立てました。 おそらくは、調所のそれまでの
実績がモノをいってこの人選になったものでしょう。

勇んで財政再建に着手(1827年)した調所が債権者・商人たちに向けて
提案した「返済方法」?はこんな按配でした。
〜無利子は当然、期間は250年(つまり2085年まで)の分割払い! 
  よしッ、これでいこうゼ!〜


しかし気安く「これでいこうゼ!」と言われたって、債権者側とてボランティアで
金を貸したわけではありませんから、返答に窮します。 
こうなると、調所としても「押し」というか「ムチ」をちらつかせることになり・・・
早い話がほとんど「脅迫」同然の交渉?だったそうです。

〜ええか、無い袖は振れんのだから、何がなんでもこの「無利子250年」で
  いくぞ! その代わりにダ・・・〜
 今度はアメです。
〜その埋め合わせとして、琉球経由の清との貿易品を優先的に扱えるように
  計らうこともやぶさかではない〜

債権者側とて、これが大きな利益を生み出す「密貿易」を意味していることは
百も承知ですから、結局のところ、この「調所プラン」?に従って事は進められ
ました。

こうして年2万両ずつの返済は1835年から始まりましたが、これが数年後の
1840年には、藩の財政は借金どころか、逆に250万両もの貯えができるほど
のV字回復をみせたと言われています。

ただし、この金額は元々の500万両を完済した挙句の「貯え金額」ということ
でもなさそうです。
なぜなら、この「年2万両返済」はこれ以降も1871年(明治4年)まで律儀に
継続されていたからです。

調所広郷像51 戊辰戦争51







調所広郷の像/戊辰戦争勃発

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その辺りを探ってみると、この36年間は続けられたとされているものの、
これ以降は「返済」の記録がありません。
では、「年間2万両×36年間=72万両」の返済済み分に対しての残債分、
つまり「500万両−72万両=428万両」をどう処理したのか?

これは同年の「廃藩置県」の折に、明治政府が肩代わりをしたという説明に
なっています。
つまり、薩摩藩が無くなっちゃったので、事務上の扱いとして、その清算
責任者?に明治政府を立てたという形にしたものかもしれません。

ということで、以下は上の経緯を踏まえての「冗談」まじりの個人的な想像に
なりますが、いわば無邪気なファンタジ−に過ぎないので、歴史通の方は
〜史実を捻じ曲げているッ!〜なんてキレないでくださいネ。

さて、明治政府が肩代わりしたとされる、この残債「428万両」は、実際には
完済されたわけではなく、調所同様に脅迫的な態度で債権者側にチャラを、
いわゆる「債権放棄」を迫ったのではないかと思われます。

〜ええか、無い袖は振れんのだから、何がなんでも、この債権は放棄
  しなさい! さもなくばダ・・・〜

ところが、債権者・商人たちも今度は素直な対応を見せたはずです。

薩摩藩に「250万両」もの貯えができるほどに盛んな「密貿易」だったなら、
藩以上に商売上手な債権者・商人たちは、「元を取る」どころか、笑いが
止まらないほどにウハウハの儲けを手にしていたに違いないからです。 
〜ゲッ、債権放棄ですってッ!・・・へぇ、お安い御用です〜

ではなぜ、この辺の経緯が明らかにされていないのか?
薩摩藩は幕府の目をすり抜けての「密貿易」を恒常化させ、また債権者・商人
たちは、その「密貿易」で暴利をむさぼりました。
さらに債務の肩代わり役、つまり「薩摩藩借金清算事業団」?である明治
政府
や、その利権に目のない政府高官に至っては、そうした暴利?の
ピンハネに奔走し、さらにはアングラマネー化に熱中していたわけです。

つまり、各々関係者全員が後ろめたいことを目一杯抱えて内緒で動いていた
のですから、そんなもん、間違っても表沙汰になるわけがありません。

このスタンスに立てば、こんな仮説も成り立ちそうです。
〜「明治維新」とは、自らの莫大借金をチャラにするために、立ち上げた
  「借金清算事業団」を、ドサクサに紛れて「明治政府」に格上げした、巧妙な
  マジックだった!〜


その証拠がこの言葉です。
〜「明治維新」とは「薩長土肥」が中心となって実現させたものである〜
なんと、リストのトップに薩摩藩の名が挙がっているのです。
そしてまた、新体制下では薩摩藩出身者が政府・軍部の中核を占めた。 
これも間違いなく間違いのない事実です。

長らくの仮想敵国である幕府を旧悪の存在と位置づけるばかりか、本来なら
単なる借金清算事業団?に過ぎない組織に「明治政府」という看板を立てて
正義の存在にしてしまう・・・自藩の「借金チャラ」のために、ここまでやり切った
としたなら、いやあ薩摩藩って、ホントに油断もスキもあったもんじゃないッ!



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