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zoom RSS 日本史の「陰謀」21 歴史用語はブランド志向?

<<   作成日時 : 2017/04/15 00:01   >>

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多数の人物、あるいは出来事の中から、傑出した三人(三つ)を選んで、
「三○○」とか「三大××」との名称を付けて呼ぶことはさほど珍しいこと
でもありません。 たとえば人物なら、「三英傑」※1「維新の三傑」※2
そうですし、出来事なら「江戸幕府の三大改革」※3もその法則?に
バッチリ当てはまっています。
※1 織田信長・豊臣秀吉・徳川家康
※2 西郷隆盛(薩摩)・大久保利通(薩摩)・木戸孝允(桂小五郎/長州)
※3 享保(将軍・吉宗)・寛政(老中・松平定信)・天保(老中・水野忠邦)

こうした表し方は判りやすいという長所がある反面、往々にして「それ以外」
の人物(出来事)に無関心・鈍感になりかねないという大きな欠点も抱えて
います。

その好例の一つに「維新の三傑」という表現があります。
ここでいう「三傑」、つまり西郷隆盛・大久保利通・木戸孝允、この三人が
国家の大変革期に大きな役割を果たしたことは事実です。
しかし、だからと言って、これを「三傑」、すなわち「ベスト・スリー」と断じて
しまっていいのかどうかは、また別の問題でしょう。

それが証拠に「維新の十傑」という言葉もあります。
先の三人を指名?したものの、一抹の不安が残ったものか、この他に、
薩摩・小松帯刀/長州からは大村益次郎・前原一誠・広沢真臣の三人/
肥前・江藤新平/肥後・横井小楠/さらには公家・岩倉具視/を加えた
十人を指してそう呼んでいます。
しかし、ここにはドラマによく登場する土佐・坂本龍馬や長州・高杉晋作や
幕臣・勝海舟の名は挙げられていません。

それもそのはずで、タネを明かせば、この人選は山脇之人なる人物が、
「維新元勲十傑論」(1884年刊行)の中で、
〜倒幕・明治維新に尽力した志士のうち幕臣以外の10人〜
こうした要件でピックアップしたものだからです。
※どういう人物なのかについては、とんとよく知りません。

つまり元はと言えば、個人的な「マイ・ベストテン」に過ぎなかったものが、
いつの間にやら「歴史用語」として定着しちゃっていることになります。
そうした流れで眺めてみれば、「江戸幕府の三大改革」という呼び方にも、
どうもこの「維新の十傑」の選抜方法に似たものが感じられます。

三英傑61








  <三英傑> 織田信長/豊臣秀吉/徳川家康

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例えば元禄バブル期?に「貨幣改鋳」を断行した荻原重秀(1658-1713年)の
経済政策はこれには含まれず、その後を受けた新井白石(1657-1725年)の
政策も同様に、旧来通りに「正徳の治」と呼ばれているに過ぎません。
つまり「改革」とは呼ばれていないのです。

さらにいうなら、田沼意次(1719-1788年)の商業重視政策もその通りで、単に
「田沼政治」と呼ばれるだけで、「改革」に比べたら「格下」の扱いをされ、
しかも「悪政」に近いニュアンスすら感じられるものになっています。
ところが、この田沼の後の松平定信(1759-1829年)主導の政策は「寛政の
改革」
として、ばっちり「三大改革」のひとつにカウントされているのです。

これら「三大改革」を主導した全員が大名以上の身分だったのに対し、この
荻原重秀・新井白石・田沼意次らは旗本の出身であった事実からすれば、
こうした「用語」定めた後世の学者先生方には、身分による差別意識?が
働いていたようにも見えてしまいます。
今でいう「ブランド志向」?といったところでしょうか。

さて、お話は「維新の十傑」に戻って、
〜ふうむ、「維新の十傑」とは単に「マイ・ベストテン」であり、
  また「三大改革」とは要するに「ブランド」に過ぎないッ!〜


そんなことなら、むしろ「戦国の三バカ大将」とか、「幕府の三大ヘマ話」とか、
または「維新の三大冗談」とか、こうした「歴史用語」?を定着させた方が
新たな歴史ファンを増やすことに貢献できる・・・気がしないでもありません。

そこで手始めに「日本史三大ウッカリ」に下記の事跡をノミネートしてみました。 
もちろん投票権はアナタに!
○徳川秀忠は「関ヶ原の戦い」(1600年)に遅刻してしまった!
  →なんと、秀忠(1579-1632年)軍がホントの「徳川軍本隊」だったらしい。
○「邪馬台国」をず〜っと長い間「やまたいこく」と読んでいた!
  →既に新井白石(1657-1725年)は「やまと」に近い発音であると推察。

○「前方後円墳」で方形部分が「前」と断定しちゃった!
  →蒲生君平(1768-1813年)が「宮車」のイメージから、そう考えただけ。
○「東洲斎写楽」を「謎の絵師」と捉えているッ!
  →活動が短期間だった理由は、単に「不人気な絵師」だったに過ぎない。
○何気の「神仏分離令」(1868年)が熱狂的な破壊行動に!
  →全国各地で寺院・仏具の大々的な破壊実行は、政策意図の誤解から?

投票結果がどうあれ、この「日本史三大ウッカリ」が「歴史用語」として認定
される可能性は極めて高い・・・ことはなさそうで、う〜ん、まことに残念かつ
ロマンに欠ける現実です。



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