ヤジ馬の日本史

アクセスカウンタ

zoom RSS 日本史の「列伝」15 できるの?藩主の脱藩

<<   作成日時 : 2017/04/05 01:30   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

その藩の籍から離れ、主従関係を解消する「脱藩」・・・この経験を持つ人物は
幕末に限っただけでも、すぐさま何人かの名を挙げることができます。
たとえば、長州藩士・吉田松陰(1830-1859年)は、我が目で東北の状況を
確かめるべく旅行を計画したものの、藩の許可発行が遅れたため、しびれを
切らして出発・・・これで脱藩。

また、倒幕の志を持つ仲間に誘われて脱藩したのが土佐郷士・坂本龍馬
(1836-1867年)。 さらには井伊大老暗殺(「桜田門外の変」/1860年)を
目論んだ水戸藩士・関鉄之介(1824-1862年)たちも、藩に迷惑をかけない
よう、事前に「集団脱藩」に及んでいます。
ということは、藩士・郷士など、家臣の立場にある者の「脱藩」はそうそう
珍しいことでもなかったのかもしれません。

では、家臣ではなく、藩のトップに立つ「藩主」自身が「脱藩」してしまうことは
可能だったのか? 
〜なにッ、藩主が脱藩する?〜 
意味は分からなくはないものの藩全体の統率者であり、藩に一人しかいない
藩主の“脱藩”ともなると、なんとなく違和感を覚えます。

ところが、この「藩主の脱藩」なる出来事は、歴史の中に実際にありました。
幕末激動の時代に、江戸幕府に対して恭順派と抗戦派に藩論が分かれる中、
二十歳そこそこで上総国・請西(じょうざい)藩主の座に就いた林忠崇
(1848-1941年)がまさにそれでした。

徳川幕府が大政奉還(1867年)に及び、さらにその二か月後には
明治新政府が成立(1868年)するなど、政局が混迷していた時期に、
旧幕府軍から助力要請を受けた忠崇はそれに応える意思を固めていました。

つまり、〜徳川幕府・徳川家を消滅させることは絶対に認めないゾ〜という
信条・姿勢を見せていたわけです。
しかし、これを行動で示すことは明治新政府に対する「反政府活動」になって
しまいますから、〜これでは、藩に大きな迷惑をかけてしまう〜
こう考えた忠崇が採った手段・・・それが、藩士数十名を引き連れての
「藩主の脱藩」だったわけです。

現代社会なら、会社(藩?)をそのまま存続させながら、トップである社長
(藩主?)が入れ替わることも、ごく普通に行われていますが、この時代に
おける「藩主の脱藩」は、おそらくはかなり意外な行動と受け止められた
ものと思われます。

しかも、時期が時期、目的が目的ですから、誕生ホヤホヤの明治新政府から
すれば、まさに怒り心頭の思いです。
〜アッタマに来るなあ・・・苦労の末に新国家が成立したというのに、アヤツは
  一体何を考えとるのじゃッ!〜


林忠崇51 太平洋戦争51








林忠崇(1848-1941年)/太平洋戦争(1941-1945年)

 にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ  ↓コメント欄はいちばん下↓
↑応援クリックは↑

「藩主の脱藩」という異常事態は、当の請西藩を慌てさせただけでは済まず、
当然のこと、忠崇の林家には改易処分という厳しいお咎めが下りました。 
ちなみに、歴史的にはこれが「大名家最後の改易処分」になるとのことです。

さて、脱藩した忠崇らは箱根や伊豆など、さらにその後は奥州へも移動して
新政府軍との交戦を続けたものの、旧幕府側は敗北。 
早い話がボロ負けの連続でした。 
しかし、そうしたさなかに思いがけなく「徳川家存続」の情報に接します。

〜徳川家は存続する〜 これで大義が果たされたと判断したものか、
あるいは負け戦の連続ですっかりモチベーションが下がってしまったものか、
ともかく忠崇は恭順の道を選びました。
しかしそこに待っていたのは、江戸・唐津藩邸に幽閉という厳しい沙汰でした。

林家の改易については、後に忠崇の甥に対して家名の存続が認められたことで、
一応の復活を果たしています。
しかし、その扱いは生活に困窮するほどの苛烈なものでした。
なにしろ身内に「国家反逆罪」を犯した者がいるのですから、当時の感覚から
すれば、当然の処置だったのかもしれません。

「藩主の脱藩」から数年後(1872年/明治5年)のこと、赦免を受けた元殿様・
忠崇は、なんと開拓農民に転身。
「国家反逆」に及んだことで、「危険人物視」?され、なかなか良好な就職口に
恵まれなかったのかもしれません。

その後も、東京府や大阪府の下級官吏、さらには商家の番頭なども経験
しましたが、いずれも場合も困窮を極める生活という点では大きな変わりは
なかったようです。

それから20年以上の歳月が流れ、ようやくのこと忠崇自身も華族の一員として
復籍(1893年)の日を迎えた後は、開拓農民ではなく宮内省や日光東照宮
などにも勤務できたとされています。
この流れから想像するに、穏やかな晩年を過ごしたものとの印象になりますが、
実はお話はまだ続きます。

上のように「藩主」とか「明治新政府」とか、林忠崇の一生には、現代人から
すれば、化石もどきの言葉が飛び交ってます。
しかし、その反面では「昭和」という比較的新しい時代にも決して無関係では
ありませんでした。

というのは、この「脱藩藩主」?こと林忠崇が亡くなったのは、驚くことに
昭和16年(満92歳)。 これは昭和の大戦争「太平洋戦争」(1941-1945年)が
始まる、まさにその年のことです。
ですから、こんな表現をする向きもあるようです。 
〜林忠崇は「最後の大名」だった〜(異論もある)

しかしともかく、少し大袈裟な表現が許されるなら、「昭和」の御世に
「江戸時代」そのものを持ち込んだ一人だったことは間違いありません。

この「明治維新」の生き残り?林忠崇が亡くなる前に生まれた諸先輩の
中には、今現在でもまだまだ健康で活発な社会生活を続けておられる方も
大勢います。 それを思えば、「平成」から眺めた「明治維新」も、それほどに
「大昔」のことではないと言えるのかもしれません。



 にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ  ↓コメント欄はいちばん下↓
↑応援クリックは↑

 

−−−これまでの 「列伝」 シリーズ−−−−−−−−−−−−−−−−
393 日本史の「列伝」14 洗えば落ちるやもしれぬゾ 弥助を気に入った信長
385 日本史の「列伝」13 スケベ?は大奥に嫌われる セクハラは子に迷惑
360 日本史の「列伝」12 ”三法師”その後の流転人生 主君血統使い捨て
339 日本史の「列伝」11 居場所をなくした十代武将 人間不信が孤立感を
333 日本史の「列伝」10 徳川将軍の心身健康診断書 心身健康って難しい
324 日本史の「列伝」09 ♪浪花節だよ人生は ああ、義理と人情の板挟み
321 日本史の「列伝」08 戦さに散った戦国一家 戦国運命!父と六人兄弟
307 日本史の「列伝」07 二転三転!藤吉郎と筑前守 剥奪された官職名?
301 日本史の「列伝」06 通訳官サトウの東奔西走 おだてとモッコにゃ・・・
292 日本史の「列伝」05 六百年後の国難功労賞? 青春を奪われたボク!
280 日本史の「列伝」04 美少年ジェロニモ四郎 天賦の美貌と人賦の名前!
276 日本史の「列伝」03 証拠は源氏物語にあるッ! ”昔から鎖国”は誤解!
271 日本史の「列伝」02 ”米沢”藩主と”米国”大統領 鷹山って何者ですか?
264 日本史の「列伝」01 父チャンを超えたい症候群 英雄の子の劣等感?
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ヤジ馬の日本史〜超駄級・400記事一覧〜 301−400編 颯爽ろくでな史!
ヤジ馬の日本史〜超駄級・300記事一覧〜 202−299編 堂々肩すか史!
ヤジ馬の日本史〜超駄級・200記事一覧〜 後編「な→ん」巻 あゝ七転八倒!
ヤジ馬の日本史〜超駄級・200記事一覧〜 前編「あ→と」巻 七転び八起き!
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



【細川藩・豆せんべい・24枚入】豆煎餅・サブレ・ピーナッツ煎餅・ピーナッツせんべい・皮つきピーナッツ・土産・箱菓子・菓子・熊本・歴史浪漫・熊本土産・お土産
阿蘇の玄関キムチの里
内容量 24枚 せんべいと言うよりは、サブレに近いです皮付きピーナッツがのっており、サクサク歯応え抜

楽天市場 by 【細川藩・豆せんべい・24枚入】豆煎餅・サブレ・ピーナッツ煎餅・ピーナッツせんべい・皮つきピーナッツ・土産・箱菓子・菓子・熊本・歴史浪漫・熊本土産・お土産 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

藩史大事典(第6巻(中国・四国編))新装版 [ 木村礎 ]
楽天ブックス
木村礎 藤野保 雄山閣発行年月:2015年12月 ページ数:600p サイズ:全集・双書 ISBN:

楽天市場 by 藩史大事典(第6巻(中国・四国編))新装版 [ 木村礎 ] の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

【中古】 武士の家計簿 「加賀藩御算用者」の幕末維新 新潮新書/磯田道史(著者) 【中古】afb
ブックオフオンライン楽天市場店
磯田道史(著者)販売会社/発売会社:新潮社/ 発売年月日:2003/04/10JAN:9784106

楽天市場 by 【中古】 武士の家計簿 「加賀藩御算用者」の幕末維新 新潮新書/磯田道史(著者) 【中古】afb の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
藩主の脱藩、これも面白いですね。毎回拝見してはいますが、請西藩藩主は幕末史では特異な人で印象深い殿さまですね。時代小説ではここの藩主を悪の若年寄役で登場させる作家もいますが、幕末での一本木は新選組などに通じるものもちらりと感じます。幕臣としての真髄を見たでしょうか。譜代、親藩ですら寝返る中立派です。
古代子孫
2017/04/05 19:05
>古代子孫さん
コメントありがとうございます。
それにしても、幕末には個性溢れる人物が数多く
登場し、圧倒される思いがします。
ユニークな人物をご存知でしたら、ぜひ
ご教示をお願いいたします。
また、古代子孫さんには毎回訪問を頂いている
とのことで、これも感謝です。
今後とも、どうぞよろしくご贔屓ください。
住兵衛
URL
2017/04/05 21:50

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
日本史の「列伝」15 できるの?藩主の脱藩 ヤジ馬の日本史/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる