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zoom RSS 日本史の「発明発見」15 霊薬は蓬莱島に”あつた”!

<<   作成日時 : 2017/02/05 00:01   >>

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〜不老不死 こんなものかと 見る造花〜 
とあるお寺の掲示板で見かけた言葉ですが、思わず唸って
しまいました。 〜うまい!座布団一枚ッ!〜

言わずもがなの説明を加えるなら、
〜造花というものは確かにいつまでも美しい見かけを保つもの
  だが、生花のような生命の躍動はとんと感じられない・・・
  だったら不老不死って本当に価値あることなのかしらん?〜

この感覚は、仏教の無常感がそこはかとなく漂う中で日常を
送る日本人には割合に理解しやすいものかもしれません。

しかし大昔の中国には、この逆の「不老不死」に大きな憧れを
寄せた人物もいました。 
そうしたひとりが秦の「始皇帝」(前259-前210年)です。
そして、その思いに気が付いた方土「徐福」(生没年不明)
が、始皇帝へのコンタクトを試みました。
※呪術師・薬剤師・天文学にも秀でた学者。今風なら「有識者」か?

徐福は始皇帝に、こう申し出ています。
〜遥か東の海に蓬莱・ほうらい/方丈・ほうじょう/瀛洲・えいしゅう
  という三神山があって、そこに仙人が住んでいるので、
  お望みである「不老不死」の薬を求めに行きたい〜

弁舌の爽やかさにも抜きんでたものがあったのでしょう。
徐福のこの嬉しい言葉に、始皇帝は快諾!

首尾よく始皇帝の援助を得られるようになった徐福は、かくして、
〜3,000人の若い男女と数多の技術者を従え、金銀や農耕機具・
  五穀の種などを携えて「東方」へ船出した〜

普通はこんな展開になっていくようですが、別にこんなお話も
あります。

〜実際には徐福が出港していないことに気が付いた始皇帝は、
  早速催促に行ったものの、なんとその帰路に崩御した〜

要するにこのお話は、徐福のことを、
〜妙薬入手を名目に実際には出立せずに、始皇帝から物品を
  せしめた詐欺師〜
と言っているわけです。
これが本当なら、徐福は「オレオレ詐欺」師の走りだったのかも
しれません。

それはともかく、〜「東方」へ船出した〜の「東方」とは、当然
中国からみた東のことを意味しているでしょうから、これを「日本」
と受け止めるのは素直な解釈です。
案の定、日本側にもその到着地?として、鹿児島県/宮崎県/
佐賀県/京都府/和歌山県などなど、多数の地名が挙げられて
います。 ちなみに、その中には筆者の生息地である「愛知県」
(尾張・熱田)の名もあります。


徐福渡来51 徐福地図53







徐福の船?/徐福渡来の地図

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しかし、こんな疑問も。 〜どうしてこんなに多くの場所に?〜
それは、もし語られている通りの陣容で出発したとしたなら、
何隻かの船に分乗したに違いないと思われるからです。
当時の船一艘に、数千人もの人間が乗り込もうものなら、積載
オーバーで「沈没」は免れないでしょうから、これはまあ妥当な
推理です。

さらには、遭難のリスクも抱えています。
ずっと後の「遣唐使船」(7〜9世紀)でさえ、結構な確率で遭難を
繰り返しているのですから、どう少なく見積もっても数十艘。
仮に、その内の何艘か海を乗り越えられたとしても、各々の船が
同じ場所に到着することは困難だったと思われます。

そうすると、各々の船が辿り着いた先ごとに、つまり全国各地に
「徐福伝説」が残されていることには、なんらの不思議もない
わけです。
勿論、徐福御本人は「蓬莱の地」(尾張・熱田)に到着した船に
乗っていたに違いありません。 何を証拠に?

たとえば、「海に浮かぶ島」もどきの当時の景観から、この地は
昔の昔から、徐福が上陸した「蓬莱島」とも呼ばれていたこと。
さらには、「熱田宮秘釋見聞」という書物にも、そうしたことが
バッチリ書き残されていること。
つまりそれなりに辻褄が合った、しかも盛り沢山の伝説?
伝承?が残されているからにほかなりません。
※1333年頃の書物・・・すなわち、徐福上陸から僅か1500年ほど後の記事。

では、「蓬莱の地」(熱田)に上陸した後の徐福はどうしたのか?
勿論、仙人を探し、不老不死の薬を探し求めました。
胡散臭さを備えながらも、案外に律儀な人物だったようです。

しかし、不老不死の「霊薬」は、そうそう容易く見つけ出せるもの
でもありません。 そりゃあそうでしょう。 
簡単に探せるものなら、地元民がとっくの昔に見つけ出し服用
していたはずですからね。

徐福の新しい苦労は続きましたが、何年か後(多分?)
ある日のこと、報われることになります。 
そう、とうとう見つけたのです! しかも、それは遠くの地では
なく、自分が拠点としていた地のつい足元にあったのです。

その時の徐福が、思わず発した言葉が伝えられています。
〜あった! こんなところに”あった”ぞいッ!〜
このことから、この地が「あつた」(熱田)と呼ばれるようになった
とか。 (念の為ですが、まだ「定説」扱いはされていません。)

しかし、メッチャ古いとされる「熱田神宮」「創祀(そうし)
千九百年大祭」
を行ったのが2013年のこと。 つまり計算では
「2013年-1900年=213年」頃に創建されたとしているわけです。
ところが、徐福の感動、〜あった!〜はそれより400年ほど以前
の出来事となりますから、地名・熱田が、徐福のこの叫びから
取ったものであることは火を見るより明らかな・・・はずです。

それが証拠に、この熱田の地は現代でも老人(失礼!)、高齢者が
やたらと多いのです。 当然これには、かつてこの地域全域が
「不老不死の薬」を育てた環境にあることが、その理由として
考えられます。
ええッ、なにッ! アナタが住む地域でも高齢者は多いってか?
始皇帝が聞いたら泣いて喜びそうな「不老不死」?が、
どの地域でも実現されている「現代」とは、こりゃまたなんとも
不思議な時代ですねぇ。




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