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zoom RSS 日本史の「列伝」13 スケベ?は大奥に嫌われる

<<   作成日時 : 2016/10/10 00:01   >>

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現在とは政治システムが大きく異なるため、必ずしも的確とは
言えませんが、「江戸城」の機能を大雑把に捉えれば、概ね
こんなイメージになるのでしょうか。
     「表」→本丸が幕府政庁/現在の「国会議事堂」?
「奥(中奥)」→将軍の政務所  /現在の「首相公邸」?
   「大奥」→将軍の私邸   /現在の「首相私邸」?
こういうことなら、将軍の公的業務と私的生活は、場所的にも
一応の区別がなされていたことになります。

ところが、この「大奥」の存在やその影響力が建前通りに将軍の
私生活の範囲だけに留まっていたかと言えば、これはまた別の
問題で、たとえば、幕末日本の政策について、
前水戸藩主・徳川斉昭(烈公/1800-1860年)が、意見の対立を
みた大老・井伊直弼(1815-1860年)に最終的に屈する形になった
経緯には、ひょっとしたら「大奥」の意思?が影響したのでは
ないかと疑いたくなる側面もあります。 
 
斉昭は、生涯に男女合わせて37人の子供を儲けた艶福家でも
ありました。 しかし、それがその範疇に納まっていればまだし
も、なんと「大奥」の女性にまで手を出したと囁かれたのでは
いささか穏やかではありません。 
「女色に淫すること甚だしい」?斉昭には、実際そうした場での
セクハラ的な言動も少なくなかったようです。

その上に、事もあろうに〜長男(慶篤)の正室にも手を出した〜
こんなことまで疑われていたのですから、「大奥」がこの斉昭
芳しからざる人物として捉えていても無理もないところです。 
〜なにさ、スケベなヒヒ親爺! メッチャ不潔だわッ!〜

こうなると、藩政改革を成功させた名君?との評価も形無し
ですが、さらには斉昭「大奥」の「無駄遣い」を嫌っていた
事実もあって、両者はハナから反りが合いません。 
要するに、斉昭「大奥」の女性たちを敵?に回した格好に
なっていたわけです。

こうした状況の中で、元々健康不安を抱えていた第13代・家定
(1824-1858年)の後継将軍、つまり「次期将軍」問題が浮上します。

御三家・紀州の慶福(後の家茂/1846-1866年)を推す井伊大老
対し、斉昭は同じく御三家・水戸の慶喜(1837-1913年)の擁立を
目論んでいました。 斉昭にとっては自分の七男です。
「黒船来航」(1853年)以降、国難に揺れに揺れている折の将軍
ですから、現代人の感覚からすれば、「未成年(慶福13歳)」よりは
「青年(慶喜22歳)」の方がベターに思われます。

ところが、「大奥」はこの慶喜候補?に猛烈な反発を示しました。
理由は単純で、慶喜が他ならぬ斉昭の息子だからです。
〜国難とはおっしゃいますが、あの「スケベなヒヒ親爺」?の血を
  引いた人間を新将軍に迎えるなんて、冗談は休み休みでも
  言うものではありません、そんなのは絶対にペケですッ〜


本来なら、その人の「性癖」と「政治力」とは別物であり、ましてや
この場合は当人ではなく、その息子のことですから、いささか
過剰な反応と感じられるところですが、「大奥」としても、
斉昭本人に対するアレルギーから、ちょっとしたヒステリー状態に
あったと言えるかもしれません。


徳川斉昭51 井伊直弼51











徳川(水戸)斉昭/井伊直弼

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で結局、井伊大老が推す紀州の「慶福(家茂)」が第14代将軍に
就きました。 幕府はこの国難の時期を「中学生」?に託す道を
選んだわけです。

ちょっと不安? でも井伊大老に言わせれば、
〜政治実務は周囲の者が補佐すれば済むことであり、第一、
  前将軍・家定様の血筋は、慶喜に比べたら家茂様の方が
  断然に濃いッ! だから、とっても妥当な人選であるッ!〜


それこそ日本国の将来を決定付けた最大の政治課題「開国か
鎖国か」でも、この斉昭、実は井伊大老に完敗を喫しています。
「黒船来航」によって、彼我の圧倒的な軍事力の差を肌で
感じていた井伊大老は、
〜今開国しないことには、外国武力の前にボコボコにされ、
  亡国の恐れさえあるのだぞ、ええい、それが分からぬとは
  オタンチン(馬鹿者)にもほどがあるッ!〜


これに対し、「水戸学」(尊王思想)総本家の立場にある斉昭は、
〜そうならないためにも「攘夷」(外国を入れない)の貫徹が必要
  なのであるッ! ああそれなのに、弱腰姿勢を続ける幕府は、
  ひょっとして外国のポチ(イエスマン)なのかッ!〜


両者のこの根深い対立は、決して元の鞘に収まることはなく、
この後には井伊大老の強権による政治弾圧「安政の大獄」
(1858-1859年)を招くに至っています。
その中で、斉昭は「永蟄居」の沙汰を受け、結局は政治生命
そのものにとどめを刺されてしまいました。
※終身にわたって出仕・外出を禁じ、謹慎させたもの。

ここまでくれば、普通は「一件落着!勝負ありッ!」ですが、
映画にも「続編」が登場するように、この経緯にも「PARTU」が
ありました。
それが井伊直弼暗殺事件、いわゆる「桜田門外の変」(1860年)
です。 このテロの実行犯総勢18名の内、実に17名までが
「水戸脱藩浪士」でした。 ※あとの一人は「薩摩藩士」
「浪士」とは言うものの、このテロのために「脱藩」しただけの
ことで、直前までは正式な「水戸藩士」だった者たちです。

その暗殺に際しては、単に落命させたに留まらず、「首」を刎ねた
上に、それを刀の切先に突き立てたとされていますから、日頃
「生首」に接する機会の少ない現代人にとっては、ちょっとばかり
腰が引ける光景です。

しかし、「PARTU」があるのなら、「PARTV」があっても不思議
ではありません。 実際ありました。
この「桜田門の変」のわずか5ケ月後、今度は当の斉昭が急逝
したのです。

生前の井伊大老VS斉昭のガチンコ対立の経緯や、この直前に
起きた水戸藩士による井伊直弼暗殺事件を思えば、時期も
時期ですから、今度は井伊大老の側、つまり彦根藩による
「報復テロ」?を疑いたくなるところです。

ところが、これはどうも冤罪?のようで、斉昭が昔から抱えて
いた病気が死因だったとされています。
そして、この少し後、1866年に将軍・家茂が若くして亡くなると、
その後の第15代に就いたのが、皮肉なことに「大奥」がとことん
嫌い抜いた斉昭の、その息子・慶喜でした。

さらには、その二年後(1868年)には、江戸城の明け渡しが
決定・実行され、それと共に「大奥」も終焉を迎えました。
徳川斉昭が「永蟄居」、井伊大老は「暗殺」、「大奥」も「終焉」と
きたのですから、結局のところ、この三者の誰もが最終的には
「勝ち組」になれなかったわけです。 

ちなみに斉昭は、この時代に珍しく「お肉大好き人間」だった
そうで、それが「女色に淫すること甚だしい」と評判されるころの
スタミナ源になっていたのかもしれません。 
ですから、「牛丼大好き人間」のアナタも、あらぬ誤解を招かない
程度にね。




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