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zoom RSS 日本史の「信仰」02 現代人の”神道”チックな風景

<<   作成日時 : 2016/08/15 16:30   >>

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〜日本人ほど「キレイ好き」な国民は世界にいない〜
幕末維新の頃に来日した外国人は口を揃えてこんな感想を
披露しています。 
そして、おそらくはこの伝統?を引き継いだものでしょうが、
現代日本人にも同様の「キレイ好き」傾向があることもまた
確かなことのようです。。
例えば、1996年の「O-157」騒ぎがその通りで、この時以降は
いたるところに「消毒液」が置かれるようになりました。
〜とことん「キレイ」でなくては気が済まないゾ〜 

う〜ん、確かに「キレイ(清潔)好き」を物語る迫力ですが・・・
しかし、ちょっと待て! 逆の言葉なら、こう言っていることには
ならないか。
〜日本人ほど「汚れ(バイ菌)」を嫌う国民は世界にいない〜

振り返ってみれば、「O-157」騒ぎの折にいわゆる「抗菌グッズ」
呼ばれる諸々が人気を呼んだ事実も、そうした素地があっての
ことだったのでしょう。
ところが反面、いささか徹底さに欠けた面もあり、例えば「抗菌」
・・・この言葉の意味を承知している日本人はむしろ少数派で、
多くはその字面から〜バイ菌をやっつける性能〜と勝手に
思い込んでいたにすぎません。

早い話が、「抗菌」を有り難がるわりには、消毒/滅菌/殺菌
/除菌/静菌/減菌/抗菌などの違いについて、よくは
知っていなかったということです。

〜「抗菌」の実態は確かによく知らない・・・しかしながらダ、
  その語感・響きには何となくありがたいものを感じるゾ〜
 
こうだとしたら、「科学的清潔」よりも、むしろ「信仰的清潔」の
方を優先していることになります。

そして、この「宗教的」心情の源流を辿っていけば、おそらくは
日本民族固有の「清浄/穢れ」という神道的感性に行き当たる
のでしょう。
要するに、「バイ菌/汚れ」と聞けば、無意識かつ反射的に
「悪玉」、つまり神道でいう「穢れ/災い」に当たるものを連想
してしまうわけです。 

神道がこうした「穢れ」をタブー視している以上、「触穢」のリスク
を避けようとすれば、結局のところ「抗菌」グッズに頼らざるを
得ません。 ですから、
〜「抗菌」グッズとは「祓い給え清め給え」の現代版である〜
と言えなくもありません。

ところが反面では、こうした過激な?「清潔好き」が逆に現代人の
アレルギーなどを増加させているとの指摘もなされています。
〜その昔から「バイ菌」と共生してきた人類〜という生物学的
見地からすれば、確かにあり得ないことではありません。

つまり〜「抗菌」環境によってアレルギーが増えようが、断じて
「バイ菌」だけはお断り〜
と主張しているわけで、その意味では
まっこと〜「穢れ」を嫌う日本人〜にふさわしい神道チックな姿
だといえましょう。


禊スサノウ51 スサノウ命51









スサノウの「禊」/スサノウ

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お話は飛びますが、1995年に始まった食品の表示制度に対する
消費者の反応にも、「抗菌」と同様の神道的情緒を感じさせる
ものがあります。 「賞味期限」「消費期限」、この言葉の受け
止め方がまさにその通りなのです。

農林水産省はこう説明しています。 〜開封していない状態で、
表示されている保存方法に従って保存したときに〜

「賞味期限」→おいしく食べられる期限を示しています。 
 ※ただし、賞味期限を過ぎても食べられなくなるとは限りません。
「消費期限」→食べても安全な期限を示しています。 
 ※消費期限内に食べるようにしましょう。

ところがこれを、
「賞味期限」→これを過ぎたら「不味く」てとても食べられないゾ。 
「消費期限」→これを過ぎたら「超危険」でとても食べられないゾ。 
こう解釈して、早々に「食品廃棄」に及ぶ傾向が少なくないと
感じられるのです。

この思考パターンにも、また日本民族特有の「神道的情緒」、
すなわち「清浄VS穢れ」というパターンの存在が疑われます。
もっと露骨な言葉使いなら、「不味い」のも「期限切れ」も
「穢れ」(災い)であり、それに対し「禊」(祓い清め)を行うことで、
「清浄」(安全)を保とうとする、神道チックな姿ということです。

そうした「穢れ」に対する「禊」「食品廃棄」という行動なの
かもしれません。
〜日本では、まだ食べられるのに捨てられてしまう、いわゆる
  「食品ロス」が年間500万トンから900万トンもある〜

驚くのは、これは2,000万人以上の人間が1年間食べていける
量だといわれていることです。
※調査機関により、その推定量にはばらつきがある。

振り返ってみれば、こうした法律が誕生する前の日本人は、
食品に関する可否の判定は、実はほとんど自己責任で行って
いました。
年配者なら、カビの生えた食パンのカビ部分だけを削り取って
トーストにするとか、冷蔵庫へ入れ放しだった3ケ月前の玉子を
目玉焼きにするなどして食べた経験もあるはずです。

ところが、親切な?食品表示制度がそうした行為をタブーにして
しまいました。 そのせいで、うっかり年配者のマネをしようもの
なら、「異常な行動」と見られてしまう心配もあるほどです。

そして、もしこの「食品廃棄」が「信仰」による「禊」、すなわち
信仰上の行動だとしたら、もう誰にも止めることはできません。
個人の「信教の自由」は憲法でも保障されているからです。

いやあ、変われば変わるものですが、しかしよく眺めてみれば、
忌避すべき「穢れ」の範囲が、昔に比べ幾分拡げられたという
だけのお話なのかもしれません。
かくして、本年も〜2,000万人以上が1年間食べていける量〜
「食品」を一生懸命に「廃棄」しているわけで、いやはやまことに
「神道信仰民族」?と呼ぶにふさわしい風景です。

余談ですが、いくらか以前まで見られた、塀に「鳥居」のマークを
描いて「立小便」の無差別攻撃?から自宅守ろうとした行動なぞ
もモロに神道チックな対応と言えるのかもしれませんね。




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