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zoom RSS 日本史の「誤算」01 読者サービス?欠史八代

<<   作成日時 : 2016/07/20 00:01   >>

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初代天皇として「古事記」や「日本書紀」にその名を挙げられる
「神武天皇」は、昔々の「庚午年」つまり、西暦に換算すれば、
ナント「紀元前660年」に即位(52歳)されたそうです。 
要するに、釈迦や孔子やイエス・キリストなどのお歴々より
ずっと以前の人物ということになります。

そして、この「神武」さんの家系が「万世一系」をもって連綿と
続き、現在の「天皇家」に繋がるとされているのですが、
ただそこに学問的視点を持ち込むなら、反面では「欠史八代」
と呼ばれる疑問?も登場することになります。

この言葉のいわんとするところは単純明快で、神武から始まり、
(1) 神武(127歳) → (2) 綏靖( 84歳) → (3) 安寧( 57歳) 
(4) 懿徳( 77歳) → (5) 孝昭(114歳) → (6) 孝安(137歳) 
(7) 孝霊(128歳) → (8) 孝元(116歳) → (9) 開化(115歳) 
(10) 崇神(120歳)・・・ ※(数字)は「日本書紀」による享年

こう継承されてきたとされる系譜のうち、第2代・綏靖天皇から
第9代・開化天皇までの8人の天皇の実在は疑問である。
こう言っているわけです。 
〜真の初代は「崇神」(前148?-前30年?)であって、その古さに
  少し (決して少しどころではないが) 箔を付けたいがために、
  別に「神武」という変名?を名乗らせて活躍の年代を前倒し、
  その間に8代の天皇を追加したのではないか?〜


でも、なんでこんな疑惑を持たれてしまうのか? 
これら八代の各天皇の尋常でない長寿命が、その理由の一つ
に挙げられます。 
〜軒並みなんと100歳以上 (以下の天皇もいる) の寿命〜
確かに、人類史上空前の「超高齢社会」に生きる現代日本人で
さえ吃驚仰天する享年のオンパレードです。

次には皇位継承のパターンにも目が向けられます。
後の時代には兄弟間による相続が多く行われているのに対して
「欠史八代」では、すべてが父から子への、いわゆる「父子相続」
になっている点も不自然だと指摘されています。
「フシ相続」は「フシ然」・・・この手のダジャレ、ちょっと好きです。

さらには、初代・神武と第10代・崇神が同じ本名?を持つことも、
その理由として挙げられています。
どちらも「初めて天下(国)を治めた天皇」という意味の
「ハツクニシラススメラミコト」を名乗っているのです。
何事にせよ、「ハツ」(初)を名乗れる人物は普通は一人だけの
はずで、それが二人も存在することに首を傾げるわけです。

こうした状況証拠が揃っているのですから、妥当な結論として
「欠史八代」説を認めたくもなります。 
ところがドッコイ、実際には「ちゃんと実在したゾ」とする説もある
のです。


歴代天皇湯呑51 神武天皇2600年大祭51








歴代天皇湯呑み/神武二千六百年大祭(H27・04)

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これにもいくつかの見解があるようで、この考え方もその一つ。
〜問題の「八代」を「天皇家」以外の「豪族」の王と解釈するなら、
  なにも「欠史八代」ということにはならないゾ〜


ただ、こうした説の妥当性を検討しようとするなら、そこはそれ
「伊都国」「邪馬台国」「葛城王朝」「狗奴国」など、メッチャ古い
国際情勢?に対する知識まで必要になってきます。
これは大いに煩わしいことであり、また当然のことですが、
筆者なんぞの知識レベルで判断できることでもありません。

多少の事情を説明しておくなら、筆者が「欠史八代」説支持に
廻っているのも、実はこうした「煩わしさ」から逃れたい一心から
なのです。
「根っからモノグサか!」とか「卑怯臭い奴だ!」などと糾弾され
れば、居直るわけではありませんが、確かにその通りだッ!

ちなみに、家系?を求めれば、神武天皇とは「天照大神」から
数えて、<1>子 <2>孫 <3>曾孫 <4>玄孫 さらに <5>来孫
この位置におられます。

そして、「天照大神」ご自身は「神代」の存在ですが、「神武」
以降は「人代」に所属?することになっており、つまり、
〜「神様」をご先祖に持つ「人間」〜という身分?ということに
なっています。

それで思うのですが、
〜10代「崇神」が本当の初代であり、「神武」はデッチ上げ〜
これがもし本当のことなら、この間の系統の流れを、なんでもっと
巧妙に創作しておかなかったのでしょうか?

例えば、この間の天皇8代を思い切って20代くらいに水増しして
おけば、それぞれの享年?も治世期間?も比較的穏やかな
数字になったはずです。 しかし、なぜかその類の情報操作?
には不熱心だった様子が窺えます。

もっとも見方を変えれば、この「百歳越えの寿命」という展開
こそが微妙な味付けとなって、無理なく?「神代」と「人代」の
間を繋いでいると言えなくもありません。

〜「神代」で名を売った家系が「人代」に入ったとたんに、
  まるっきり「人並み」?の寿命になってしまう〜
 
確かにこれでは、説得力も迫力も不足して読者?に物足りなさ
を感じさせてしまいますからね。

その意味では、「百歳越えの寿命」とは作者?の苦心のアイデア
であり、読者?対する優しい心遣い・サービスと受け止めるのが
正しい態度なのかもしれません。

ちなみに、仮に自分を「±0世代」として「血統」を示すと、
「-4世代」高祖父母(こうそふぼ) → 「-3世代」曾祖父母(そうそふぼ)
 →「-2世代」祖父母 (そふぼ) → 「-1世代」父母 (ふぼ)
 →『±0世代』本人 (ほんにん) → 「+1世代」 (こ)
      →「+2世代」 (まご) → 「+3世代」曾孫 (ひまご)
  →「+4世代」玄孫 (やしゃご) → 「+5世代」来孫 (らいそん)
  →「+6世代」昆孫 (こんそん) → 「+7世代」仍孫 (じょうそん)
  →「+8世代」雲孫 (うんそん) → 「+9世代」雲孫の子
このような流れになるそうです。

つまり、「欠史八代」とは、読者サービス?の点では満点ながら、
初代・神武天皇ご本人にしてみれば、「万世一系」を疑われた
上に、自らの「雲孫」まですべてが「架空の子孫」と言われている
ことになるわけです。 そうであれば、神武天皇ご本人はイマイチ
すっきりしない気分を感じておられるのかもしれませんねぇ。




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