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zoom RSS 日本史の「事始め」10 明治超高層の紆余曲折

<<   作成日時 : 2016/07/15 00:10   >>

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中ほどの各階には物品販売店が並び、上階は展望室という
間取りで、浅草公園に建築(1890年/明治23年)された当時日本一
の高さを誇る建物(高さ52M/12階建)は、「雲を凌ぐほど高い」と
いう形容から「凌雲閣」(りょううんかく)と命名され、別に分かり
やすい「浅草十二階」の愛称でも親しまれました。 
※八角形の建物で10階まで煉瓦造り、それ以上は木造。

この「凌雲閣」には「高さ」の他にもう一つの目玉がありました。
それは電動式エレベータを内蔵した「日本初」の建物という
ことです。 ただし、こちらの「初物」は開館当初からトラブルが
続き、オープン半年後の翌1891年5月にはとうとう「使用中止」に
まで追い込まれています。

エレベータが使えないとなれば、上階展望室まで行きたい客は
どうしたって階段をテクテク歩いて上らねばなりません。 
そのシンドさは当然客足を遠のかせることになります。
〜やれ困ったゾ! 徒歩での長い上がり下がりを来館者が
  面倒がらないなんぞ良い方法はないものか?〜


〜そうだイベントがいい! 来館者を呼び戻すには、
  目先を変えたちょいとユニークなイベントに限るッ!〜

こうした発想は昔も今もそんなに変わるものではありません。
それで「東京百美人」、つまり「日本初」の美人コンテストが
開催(1891・9・12〜9・16)されることになりました。
※東京中から選ばれた102名の芸者さんがエントリーされたとのこと。

それは4階から7階の長い階段を、壁面に掲げられた「美人」の
写真を見比べながら上り、最後にお気に入りの「美人」に一票
を投じるというシステムでした。
これを開催中の5日間はエレベータ故障時の三倍ほどの来場者
を集めたそうですから、イベントとしては大成功を収めたことに
なります。

ただ、この「来場者数」の裏には贔屓の芸者を優勝させたい
花街の旦那衆が、多くの人間に何度も何度も通わせたという
努力?もあったようですから、なにやら平成の某アイドル
グループの「総選挙」を連想させるものがあります。

つまり、明治→「入場料」を払う/平成→「CD」を買う、そうした
お金を使うことで、どちらも自分のお気に入りの女性に投票する
権利が生じるシステム(平成側のパクリ?)になっているわけです。



凌雲閣OPEN51像 凌雲閣震災51












凌雲閣のオープン/凌雲閣の震災

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それはともかく、こうしたアイデアで一時的な話題を提供した
ものの、その後の集客は相変わらず低迷続きでした。
そんなところへ「明治東京地震」が襲ったのです。
※1894年/明治27年6月20日

煉瓦壁に亀裂が入るダメージを蒙り、そのため数ヶ月にわたる
大規模な補強工事を必要としました。 堅牢を謳った信頼を
目に見える形で大きく失墜させてしまったわけです。

そして大正期に入ると、それまでの俗称「十二階」を正式な名称
として採用しています。 そこには経営難という事情も重なって
いたのでしょうが、国家に例えるなら、災い多い元号を思い
切って「改元」したというイメージになるのでしょうか。

ところがその甲斐なく、今度はなんと「関東大震災」です。
これにより、8階より上の部分を崩壊させたばかりか、展望台
付近にいた見物客など10名ほどの犠牲者を出してしまいました。
※1923年/大正12年9月1日

ここに至って、ついに再建を断念。
同月中に陸軍工兵隊の手により爆破解体され、建設(1890年)
から解体(1923年)まで33年ほどの波乱万丈を辿った「凌雲閣」
は遂に地上から姿を消したわけです。

それにしても、「日本一」の高さを誇り、「日本初」のエレベータ
を設置し、さらにはこれも「日本初」の美人コンテストまで開催
したのですから、この「凌雲閣」のチャレンジ精神には頭の
下がるものがあります。

おそらくは、「文明開化」で高揚したこの頃の日本人が抱いて
いた気分、つまり〜欧米に追い付け追い越せ〜の情熱、
はたまたイケイケドンドンの勢いを具現化したものだったのかも
しれません。

さて今日では、「十二階」どころか、高さ数百メートルという
超々高層ビルが林立する時代になりましたが、かつての
「凌雲閣」が辿ったような大地震による運命の変転が
「絶対にない」と言えるのでしょうか?

〜なんの、きちんとした構造計算に基づいて造ってあるから
  ご安心あれッ!〜
 確かにこんな声も聞こえてはいますが、
実はその基本データは、人間が経験した最近1,000年そこ
そこの間に発生した地震に限られています。 
つまり、「地球45億年」を母数にしたら、たかだか1,000/45億の
抽出サンプルということです。 
※「記録」が残されなかったそれ以前は「推測」に過ぎない。

逆に言えば、「体験済み」より遥かに多い「人類未経験」地震の
データはとんと含まれていないことになります。
これで、〜なんのッ、ご安心あれッ!〜って胸を張られても、
〜かなりご安心できないなぁ!ワタシ的には・・・〜




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