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zoom RSS 日本史の「もしも」08 桜田門外”安政”の雪模様

<<   作成日時 : 2016/07/05 00:01   >>

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〜安政7年3月3日の朝(午前9時頃)、護衛藩士15名を含めた
  総勢60名ほどの行列を従えて彦根藩邸を出た大老・
  井伊直弼※1は、職場の入口(江戸城・桜田門)目前で、暴漢
  集団※2に襲われ絶命に至った〜
 (西暦:1860年3月11日)
これが今から約150年前に起きた「桜田門外の変」です。
※1 1815-1860年/日米通商条約に調印し「開国」を断行
※2 水戸脱藩浪士17名と薩摩藩士1名の計18名の集団


井伊大老の宿舎・彦根藩邸から江戸城・桜田門までは、
せいぜい五・六百メートルほど。 (通勤がラクでいいですネ)
その通勤中にテロに合い暗殺されたということです。
実はこの日(和暦3月3日)は「雛祭り」の祝賀行事が組まれて
おり、主催者側・井伊大老のみならず在府の諸侯も総登城の
予定になっていました。

ですから、沿道にはそうした諸大名の行列を一目見ようとする
見物人たちの姿もあり、それを相手の「屋台店」まで出ていた
ほどです。
こうした中で、見物人を装って大老の行列を待っていたのです
から、襲撃者たちの姿も怪しまれることはありません。

そして標的である大老の行列が目の前を通過するまさにその時、
襲撃側の一人が立ちはだかり、駕籠中の大老目がけてピストル
を発射。 それを合図に十数人が一斉に襲いかかりました。
〜それに対して60名ほどの護衛団も素早く応戦!〜
話の流れからすればこうなりそうなところですが、実はそうは
運びませんでした。

なぜなら、通勤行列という普段通りの日常行動の中で突然
武装襲撃団に襲われたのですから、これに驚いた丸腰の
駕籠番はもちろんのこと、慌てた彦根藩士も半分ほどが
現場から遁走したからです。
※逃げたのではなく、事態の通報・支援の要請に走ったとする見解もある。

さらに間の悪いことに、気丈に居残った護衛側藩士とて防戦
態勢を整えるには「時間」を必要としました。
大老護衛を使命とする武装藩士がなぜ即座に反撃できなかった
のか? その直接の原因は実は当日の「天候」でした。
〜あいにくこの日は明け方から季節外れの雪模様で、
  一時は雪が盛んに降り、辺りは真っ白になった〜


しかし「雪模様」ということなら、これは襲撃側・護衛側のどちらに
とっても条件は同じのはずです。
ところがギッチョン、襲撃側にはとても有利に、逆に護衛側に
とっては大きな不利として働いたのです。


桜田門外の変51






「桜田門外の変」1860年

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この日、護衛側の面々は刀身をその「雪」で濡らしてしまわない
よう、刀の柄に「袋(柄袋)」をかけていました。
刀は濡れると錆びるという弱点をもった武器ですから、これは
当然の心掛けです。

しかし逆に、その刀を抜いて迎撃態勢を整えようとすれば、
まずはその前に、「柄袋」を取り外すというひと手間が必要に
なります。 このことが大きなハンデになりました。 
いきなりの襲撃でしたから、実際この「柄袋」を即座に外すことが
できずに、鞘のままで抵抗したり、中には素手で応戦した者も
あったほどです。
もちろん、襲撃側は先んじて抜刀し攻撃に移っています。

ですから、もしも「柄袋」不要の天候だったなら、護衛側とて
即座に抜刀して応戦。 大老の駕籠を守りつつ、ひょっとしたら
目前の「桜田門」をくぐってそのまま城内まで逃げ込むことも
できたかもしれません。
それができていればピストルによる負傷はあったにせよ、大老
の首まで刎ねられる不始末はなかったとも考えられるわけです。

この襲撃は僅か十数分の出来事でした。
しかし衆人環視の中の襲撃でしたから、行列見物者の中には、
「事件」そのものをバッチリ目撃した者もいました。

にもかかわらず、幕府はその後しばらく大老即死の真相を
伏せたまま、〜井伊大老は生きている〜ということにして事を
運びました。 事態収拾のための時間稼ぎを必要としたわけ
です。 ※表向きには、その後しばらくの「3月28日が命日」の扱いに。

なぜなら、この「安政」年間(1854-1860年)の幕府は連続地震・
巨大台風・疫病(コレラ)蔓延などに相次ぎ見舞われ、いわゆる
「ジリ貧」の状態にあったからです。

そんなところへ「要人暗殺」という事態が降って湧いたのです
から、まさに留めの一撃「脳天杭打ち」を食らった気分だった
でしょう。 ※プロレス技/パイルドライバー
つまり幕府にとって、この事件はそれほどに深刻な衝撃・
ダメージだったわけです。

この「事件」のわずか15日後には「安政」を廃し、「万延」への
改元を実施している事実がそのことを証明しています。
つまり、験の悪い元号を捨てて心機一転「仕切り直し」を計った
ことになります。

ところが、この「仕切り直し」も効果なく、この「テロ事件」の
7年後(1867年)には、結局「江戸幕府」そのものが姿を消して
しまいます。 265年続いた江戸幕府もついに息の根を止め
られてしまったわけです。

こうした「テロ」はそれを「正義」だと深く信じ込んだ行動です
から、結局のところ「問答無用ッ!」という形になってしまいます。
その意味では、この襲撃犯・水戸浪士たちも例外ではなかった
と言えるのでしょう。

そしてまた、現在世界各地で続いている「自爆テロ」にも、
そうした「一人合点」が強く感じられます。
さらには、日本人が得意?とする「話し合い」では防ぎきれない
という点では、まことに扱いの悪い事象だと言えそうです。




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