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zoom RSS 日本史の「事始め」09 日本地図よもやま年代記

<<   作成日時 : 2016/06/30 00:01   >>

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〜日本の国土はいったいどんな形をしているのか?〜
現代日本人なら概ねのところは理解しています。
精緻な地図はどこにでもあり、そしてまた、いつでも眺め直して
確認することができるからです。
それでも、我ら尾張人の中には「島根県」と「鳥取県」、あるいは
「秋田県」と「岩手県」など、どっちが西でどっちが東なのか
考え込んでしまうトホホ系の人もいるにはいるのですが。

それはともかく、ず〜っと古いところを訪ねるなら、奈良・東大寺
造立の責任者を務めた高僧・行基(668-749年)の名を冠した
絵地図「行基図」(下図1)(下図2)が有名です。 ただしこれは、
行基様ご本人が作った地図という意味ではありません。

行基様が地図を作ったという確かな証拠もないのですから、
まあ箔を付けるためにちゃっかり「行基」様の名を拝借したものと
理解すべきかもしれません。

また、その中身を現代人の目で眺めてみると、日本列島の概略
は捉えていると言えそうですが、何やら大雑把過ぎる印象が
します。
印刷技術のない時代のことですから、おそらくは「手写し」を
繰り返すなどをして、それぞれの用途に合った「行基図」
作り出していたでしょうが、ところが結構便利なものだったのか、
19世紀に入ってすら使われることもあったようです。

MAP行基図古51






(1)「行基図」の例/805年とされる図の江戸時代の模写版

MAP行基図02 









 (2) 「行基図」の例/17世紀頃の写本


16世紀ともなると、最初の日本専図といわれる「日本諸島図」
(1595年/ポルトガル刊行)が登場しています。(下図3)
いわゆる「大航海時代」の最中にあったヨーロッパ列強が、
アジアにも、そして極東のこの島国にも大きな感心を寄せていた
ことが分かります。 
実際、「鉄砲」(1543年)や「キリスト教宣教師」(1549年)などが
はるばる海を渡って来たのもこの頃のことです。

MAP日本16世紀 








 (3) 「日本諸島図」 16世紀


それから百年ほど経った17世紀には、地図の精度そのものより
実用性を重視した「日本海山潮陸図」(1691年)が登場しました。
石川流宣(1689?-1713?)、つまり浮世絵師の手によるものです。
タイトルの通りに山地・陸路・藩名・宿駅・知行所などのほか、
潮汐の干満早見盤まで付いていて、旅行者など使う側にとって
は至って実用的で便利な地図でした。 
要するに、この頃には地図携帯での観光や出張などの移動が
それなりに増加していたということなのでしょう。(下図4)

MAP日本江戸期51 








 (4) 「日本海山潮陸図」 17世紀末

18世紀には従来より精緻な「改正日本輿地路程全図」(1779年)
が、江戸中期の地理学者・長久保赤水(1717-1801年)によって
出版されました。 (下図5)

驚くべきことは、これは既成の日本図や諸文献のデータを比較
考証して構築された「編集地図」という点です。
早い話が、現地の実測調査抜きでこの精度に達したということ
ですが、そうでありながら、見ての通りの完成度?に達していた
のですから、ちょいとしたものです。 
結構重宝されたものか、結局は明治に至るまで盛んに活用され
続けました。


MAP日本路程51













 (5) 「改正日本輿地路程全図」 18世紀

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江戸後期になると測量家・伊能忠敬(1745-1818年)の手による
「大日本沿海輿地全図」、いわゆる「伊能図」(完成は1821年)
登場します。 
ご存知の通り、こちらはバッチリ「実測調査」に基づいて作られた
ものです。
その精緻さたるや、現代地図と比べても遜色ない域にあると
評価されるほどでしたから、とにもかくにも日本地図の歴史を
塗り替えたと言っても過言ではありません。

その「伊能図」の写しを、オランダ商館付の医師だったドイツ人
フォン・シーボルト(1796-1866年)が国外へ持ち出そうとしたのが、
有名な「シーボルト事件」(1828年)です。
「精緻な日本地図」を海外へ持ち出す企てが「国家機密の漏洩」と
見做され、結果として処罰者・獄死者まで出しました。

それから百数十年。 今や宇宙空間からも地球の地形を確認
でき、そのおかげで誰もが精緻な日本地図や世界地図を自由に
手にできるようになりました。
こうなると、地図の価値は精緻さ・実用性ばかりでなく、人間の
遊び心までがその対象として広がってきます。

こんな「学説」?もその一つかもしれません。
〜日本(地図)は世界(地図)の縮図である〜
一体なにを言っているのか? 要するにこう言っているのです。
〜「世界地図」の各大陸の位置を並び変えてみると、バッチリ
  「日本列島」の形になるゾ・・・これは凄いッ!〜
 (下図6) 

なるほど、そう言われればよく似てる。
さらにこの「学説」?の優れたところは、これらの各地点も見事に
重なると主張しているところです。

カスピ海=琵琶湖/ヒマラヤ山脈=日本アルプス/エベレスト山=富士山/
地中海=瀬戸内海/朝鮮半島=房総半島/エルサレム神殿=伊勢神宮 等
 
MAP世界日本53 












 (6) 「世界地図と日本地図」

蛇足ですが、この「学説」?に悪ノリしたイタズラも登場しました。
四国をオーストラリア、九州をアフリカ大陸の地図に置き換えた
「変造地図」がテレビ番組の中で使われたのです。
※2016年1月22日放送「ヒデ&ジュニアのニッポン超安全サミット」

数日後、フジテレビはこんな謝罪をしました。(01・25付HP)
〜不適切な日本地図を引用してしまいました〜
しかし、これを単に「不適切な日本地図」の一言で片づけていい
ものかどうか? 

普段からその「変造地図」を手元に置いておかないことには、
ウッカリ間違えようにも間違えることさえできません。 
それが簡単にできちゃったのですから、その意味では放送に
対するテレビ局の緊張感を疑わせる「事件」?だったと言える
のかもしれません。




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