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zoom RSS 日本史の「発明発見」13 子が親の“名付け親”?

<<   作成日時 : 2016/05/30 00:01   >>

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「名付け親」とは、こう説明されています。
〜生まれた子に名前をつける人〜 
ですから、普通は親なり親族なり、ともかく当人より年長の者が
その役を担うはずです。

ところが、一種の「発明発見」と言えるのかもしれませんが、
日本史の中には、それに逆らう形の「子が親の“名付け親”」
いうパターンを見出すことができるのです。

ただし、この場合の名を付けてもらう対象者(親)は、
〜生まれたての人間〜ということにはなりません。
ややこしい断りになりますが、「親」が生まれる前や、生まれた
ばかりでは、「タイムマシン」があればともかく、普通は
その時点でこの世に「我が子」は存在していないからです。

ですからこの場合は、「子」の立場にある者が、自分の「親」に
対し、新しい名を付ける行為を指して「名付け親」としています。

確証に乏しいのですが、たとえば「藤原鎌足」(614-669年)の名も
そうした可能性を否定できません。
お話では、中臣(元の姓)鎌足自身が、臨終の際に天智天皇から
新たな姓「藤原」を賜ったことになっています。

しかしこれはいささか不自然な印象で、なぜならこの後において、
新首都?の名を、わざわざ「藤原京」(694-710年)としているから
です。 これでは、〜かつて臣下が使っていたお古の名〜
期待される新首都?に用いたということになってしまうわけで、
めっちゃプライドが高い朝廷がそういう下品?なことをしたとは、
とても思えないのです。

ですから、やはり「藤原」姓は、「藤原京」が現役引退?した後に、
鎌足の息子・藤原不比等(659-720年)に「由緒ある名」として下賜
されたものと考えたいところです。
それを親孝行のつもりか、はたまた箔をつける意味からか、
いずれにせよ、不比等が「親・鎌足」まで遡ってこの「藤原」姓を
用いたとした方が、自然な印象です。

つまり、こんな言い方もできることになります。
〜親・藤原鎌足の“名付け親”は息子・藤原不比等だった〜


映画タイムマシン52 北条早雲像52








映画「タイムマシン」2002年  北条早雲像

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さて時代は飛んで、最初の戦国大名という評価もある北条早雲
(伊勢宗端/1432?1456?-1519年)の名もまた、このパターンを踏襲
していると言えそうです。
なにせ、この人物については、生年どころか本名すら定かでは
ありません。 ですから大方は、こんな全天候型・八方美人的な
紹介に留まっています。

〜諱は長らく長氏(ながうじ)または氏茂(うじしげ)、氏盛(うじもり)など
  と伝えられてきたが、現在では盛時(もりとき)が定説となって
  いる。 通称は新九郎。 号は早雲庵宗瑞(そううんあんそうずい)。 
  生年は、長らく永享4年(1432年)が定説とされてきたが、近年
  新たに提唱された康正2年(1456年)説が有力視されつつある〜


そして、この人物が「北条早雲」と呼ばれるようになったのも、
地盤とした関東では鎌倉幕府・執権だった「北条」姓の知名度が
高いことから、息子・氏綱(1487-1541年)がこれを名乗るように
なり、その「北条」を親・早雲にまで遡って使うことにした結果です。
※鎌倉幕府・執権の「北条氏」と区別するため「後北条氏」とも呼ばれる。

ということであれば、ここでも、
〜親・北条早雲の“名付け親”は息子・北条氏綱だった〜
このように言うことができます。

お話のついでに、この謎の?人物(1)「北条早雲」の本名に
迫ってみると、以降(2)氏綱/(3)氏康/(4)氏政/(5)氏直
という具合に、北条氏代々が「氏」の字を「通字」?として使って
いるところからすれば、早雲の本名の頭にも「氏」が付いていた
のかもしれません。 ※(数字)は後北条氏における代数。

すると、〜現在では盛時が定説となっている〜とされてはいる
ものの、候補としては案外、氏茂/氏盛あたりもしぶとく残り
そうな気がしないでもありません。
しかし結局のところ、この「後北条氏」は、戦国の世の食うか
食われるかの状況の中で五代にして滅亡してしまいました。

おそらくは、それもあってのことでしょう。
21世紀の現在、筆者友人で関東在住・某「北条」君が、
そのアナを埋めるべく、実は「後後北条氏」を名乗っています。
ゲゲッ!と驚かれる向きもありましょうが、もちろんこれは真顔
の冗談に過ぎませんので、どうぞお気を付けくださいね。




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