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zoom RSS 日本史の「トホホ」19 天下様ボランティアに走る

<<   作成日時 : 2016/04/25 00:02   >>

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〜とんでもないことを思いつき、後先を考えないでそれを実行
  してしまう〜
 人間にはそうした性癖があるのかもしれません。
このことは庶民に限らず、殿上人とか天下人とか呼ばれるような
身分の高い人でも例外ではないようです。

久方ぶりに政治の実権が天皇家に戻って、「建武の新政」
(1333-1336年)に取り組むことになった後醍醐天皇(1288-1339年)
この方も、まさにこうした「どつぼ」にはまった一人でした。

政治を立て直す意欲、すなわち自らの手による「新政」にかけた
意気込みには並み並みならぬものがあったものの、ともすれば
気持ちの方が先走ったかのような行動を見せています。

たとえば、自らが発行する「命令書」がその通りで、正真正銘の
天皇なのですから、本来なら正式な「勅」なり「詔」をもって命令を
下せばいいものを、それを「綸旨」という形式でも行いました。

天皇の命令を蔵人(秘書官?)が文書にするだけで正式なもの
となる「綸旨」は、「勅/詔」に比べれば、確かに手早く便利な
手続きには違いありません。

しかし、それでも当の蔵人に書かせる作業は必要です。
ところが、その時間すら惜しまれたのか、あるいは蔵人の仕事
を少しでも減らしてやろうとするボランティア精神?を発揮した
ものか、ともかく後醍醐はその「綸旨」を自ら書くことまでした
のです。 
でも杓子定規に見れば、これは「公文書偽造」?に当たります。

なぜなら、本物の蔵人が書いてこそ本物の「綸旨」であって、
「天皇」自身、つまり蔵人ではない人物が書いたのでは立派な
「偽綸旨」?になってしまうからです。

つまり、後醍醐ボランティア?は、
〜とんでもないことを思いつき、後先を考えないでそれを実行
  してしまった〜
ことになり、幾分漫画のようなトホホなお話
ですが、これは歴史的な事実とされています。


後醍醐天皇53 豊臣秀吉52 









 後醍醐天皇      豊臣秀吉

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同じように「ちょっとトホホ」なお話が、豊臣秀吉(1537-1598年)にも
残されています。
懸案の九州平定も終え、権力を安定させた秀吉は聚楽第造営と
併行して、ビッグイベント「北野大茶会」(1587年)※を開催しました。
※「だいちゃかい」ではなく「だいさのえ」と言うのが正しいらしい。

まあそこには朝廷公家に対する権力誇示と、民衆に対する
「人気取り」という大きな目的があったのでしょうが、
〜身分は問わんで誰でもええがや、茶道具替わりになる物を
  持って参加するならワシが茶を点てたるでぇ〜 (当然尾張弁で) 


庶民に対し、天下人秀吉自らが「茶を点ててやる」と言っているの
ですから、身分社会という状況では通常ではあり得ない、まさに
天下様のボランティア」というべき振る舞いでした。

実際その言葉通りに、秀吉自らひたすら茶を点て続けたとされて
います・・・ところがドッコイ。
これを10日間続ける予定だった当初のプランは一転し、わずか
一日、それも実質午前中の半日だけで終了の憂き目に。

その理由については、いろいろな見方がされています。
〜当日夕方に、肥後国人一揆の知らせが入って、“大茶会“
  どころではなくなったから〜
〜10日も続ける意思はハナから持っていなかったから〜
〜思いのほか来場者?が少なく、イベント失敗の事実をそっくり
  隠蔽するため〜
〜茶の点て続けで、“腱鞘炎”を起こしてしまったから〜

  (これは私見に過ぎないので優しく見逃してください!)

つまり、さすがの秀吉も、ここでは後醍醐天皇と同じ羽目に陥って
いるわけです。 もっとも、ワタシも同様ですから、他人の姿を
とやかく言うことはできません。

わけも分からないくせに、やれツイッターだ、やれFaceBookだと
背伸びし切ったチャレンジは、結局のところ挫折の連続に他なり
ませんでした。 
ですから、この「どつぼ」状況は掛け値なしに
〜とんでもないことを思いつき、後先を考えないでそれを実行して
  しまった〜
その見事なお手本と言えそうで、実際この種の
「トホホ感」は味わった人にしか分かりませんでぇ?!




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