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zoom RSS 日本史の「発明発見」12 シュリーマンが見た”幕末”

<<   作成日時 : 2016/03/05 00:01   >>

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ドイツ人考古学者ハインリヒ・シュリーマン(1822-1890年)は、
ギリシャ神話に登場する伝説の都市トロイアが実在したことを
実際の発掘によって証明(1871年)したことで有名な人物です。
※伝説?「トロイの木馬」で有名な紀元前13世紀頃?の都市。

ただ、発見自体は確かに”偉業”に違いないのですが、自身は
発掘の専門家ではないために、相当に“不適切”な発掘作業も
あったようで、そうした点では「功罪相半ば」の評価も受けて
います。

意外?なことですが、そのシュリーマンは日本滞在の体験を
持っていました。 「意外」というのは、シュリーマンの名こそ
聞き覚えがあったものの、活躍した時代も、ましてや来日の
事実などはとんと知らなかったからです。

さてその来日とは、「トロイア遺跡発見」より6年も前の1865年の
こと、「清国」訪問を果たした後に、わずか3ケ月ほどでしたが、
この日本へも足を延ばしたものでした。

この時、イギリス領事官の計らいによって、長州征伐のため、
大坂に向かう第14代将軍・家茂(1846-1866年)の行列を横浜で
目撃したと言われています。
そして、この僅か二年後(1867年)には、大政奉還・明治維新と
なだれ込んでいったのですから、この時のシュリーマンは、
まさに風雲急を告げる「幕末日本」の真っ只中に身を置いて
いたことになります。

そうした中にあって、清国・日本での見聞をいろいろ書き残し
ましたが、横浜上陸早々に出合った荷運び人の姿が、まずは
最初の驚きでした。
〜かつて見たことのない髪型チョンマゲ/裸でふんどし姿/
  肌には日本風のイレズミ/ う〜む、異国だッ!〜


また荷物検査の段には、荷ほどきするのも大変だろうと考えて、
役人二人に多少の金子を差し出し、免除を願い出たことろ、
〜なんと、彼らはこれを (不正義だとして) 拒んだ!〜
清国の際には、この方法でうまく運んだのかもしれません。

こうしたシュリーマン・レポート?は、当時のヨーロッパ・清国・
日本それぞれの文化を比較するのに、もってこいの資料とも
言えそうです。 そこで少しだけその内容を比較してみると、
概ねこんな按配になります。


シュリーマン51 銭湯男女混浴51








  シュリーマン   当時の湯屋(銭湯)風景

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清国〜これまでも世界のあちこちで不潔な町をずいぶん見て
     きたが、とりわけ清国の町は汚れている。
     殊に天津なんぞはぞっとするほど不潔だゼ〜

日本〜町のいたるところにある公衆浴場に、どんな貧乏人でも、
     日に一度は通っている日本人は世界でいちばん清潔な
     国民であるゼ〜


19世紀初頭のヨーロッパあたりでは、手洗いや洗顔は毎日する
ものの、入浴の習慣がなかったため、身体の方は何年も
洗わないのが普通のことだったとされています。
※先進国?イギリスで入浴が奨励されるようになるのは、この10年後に
  (1875年)「公衆衛生法」ができてからで、それまではこんな状況だった。


だとすれば、シュリーマンにとっては、せっせと「湯屋通い」する
日本人の習慣は、新鮮で大きな驚きだったに違いありません。

清国〜北京の街には女乞食があふれるばかりか、君主たちや
     民の愚かさ加減には、とことんあきれてしまうゾ〜

日本〜教育はヨーロッパの文明国家以上に行きわたっており、
     男も女もみな仮名と漢字の読み書きができるゾ〜


当の日本人からすれば、幾分好意的な誤解?も混じっている
ように感じられる「レポート」ですが、シュリーマンの眼には、
同じ極東にある二つの国にある驚くべき「違い」、さらには
故郷・ヨーロッパとの「違い」も映っていたのでしょう。

そこで、彼が抱いた「印象」をもう少し並べてみると、
〜ヨーロッパの寝室を満たしている豪華な家具調度などは
  なくても、なんら生活に不便がないことが分かったワイ〜
〜日本の工芸品は、蒸気機関を使わない技術としては最高の
  完成度に達しているワイ〜


また、こういうことにも「驚き」の眼を向けています。
〜なんとッ! 畑を肥沃にするのに、町中で丁寧に集められた
  液状の人糞が使われているッ!〜


この頃のヨーロッパの各都市では、排泄物を家の窓から投げ
捨てていたそうですから、街は悪臭に満ち、しかも非衛生極まり
ない状況を呈していたのでしょう。
そうした有様を知る人間にとって、極東の貧しい国がすでに
「人糞」を「再資源化」する社会システムを整備していたことは、
一種のカルチャー・ショックだったのかもしれません。

さらには、通りから銭湯の湯舟が見えたものか、その驚きを
こう表現しています。
〜なんとッ“男女混浴”! この恥じらいのない純真無垢な姿は、
  まるでアダムとイブの世界ではないかッ!〜


もっとも感心するばかりではなく、批判もしています。
〜目付という諜報機関が絶えず見張っており、民衆もお互いが
  お互いを監視し合う社会だった〜


事実その通りだったのかと言えば、この辺は微妙で、攘夷熱に
冒された幕末日本に身を置いた「外国人・シュリーマン」という
立場からすれば、そのように映ったということであり、そこには
ある種の誤解?が含まれていたことも考えられます。

ぁそうだ! 誤解と言えばワタシもその通りで、シュリーマン
“発掘”に成功したものを、伝説都市トロイアではなく、長い間、
「トロイの木馬」そのものだとばかり思い込んでいました。

勘違いは誰にもあるというものの、随分と念入りな迂闊ですから
遅ればせながら、いま一生懸命に赤面しているところです。




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