ヤジ馬の日本史

アクセスカウンタ

zoom RSS 日本史の「女性」19 ”仏教人”ここに始まる

<<   作成日時 : 2016/01/30 00:01   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

明治以降になって、その多くは解禁されたようですが、それまで
ほとんどの社寺・霊山は「女人禁制」、つまり女性に対して
「入山禁止」を原則としていました。
しかしそれには確たる「信仰上の理由」があり、現代における
「女性差別」や「女性蔑視」とは異質の意識だったようです。

その「公式見解」?をごく簡単に並べれば、こんなところになる
のでしょうか?
神道→そもそも、「血」それ自体を穢れたものとして避けた。
    (露骨な表現で恐縮ですが、出産や月経の際に血を流す「女性」、
      そしてまた同じ理由で「流血している男性」も同様の扱いでした)


仏教→女性は修行の妨げ(誘惑に負けそう)になるとして、
     なるべく遠ざけるための配慮?
     (開祖・釈迦が男性であったことも影響したか?との見方も)

さてお話を遡るなら、百済・聖明王が先端・中国文化の象徴と
して仏像・経典を日本に寄贈したのが538年、ここから日本の
仏教文化は始まったとされています。

もっとも、その後の経緯は必ずしも「順風満帆」とは言えず、
仏教受け入れに反対派の物部氏と賛成派の蘇我氏の衝突
「崇仏戦争」(587年)を経験しなければなりませんでした。
これに賛成派・蘇我氏が勝利したことで、やっとこの日本でも
受け入れられるようになったわけです。

ところが、実はこの戦争の3年も前(584年)に、日本初?の、
現代で言う「僧」、つまり「お坊様」が誕生しているのです。 
驚くなかれ、この時に出家得度を果たした三人は、なんと全員が
「女性」でした。

その名を「善信尼」(ぜんしんに/574?-?年)といい、この時わずか
11歳?! その弟子として、「恵善尼」(えぜんに/生没年不詳)
そして、「禅蔵尼」(ぜんぞうに/生没年不詳)・・・要するに、日本の
「仏教人」はこの三人の「尼僧」(女性)から始まったというわけ
です。

しかし、まだこの頃は、仏教反対派の巨頭・物部守屋(生年不詳-
587年)
が健在だったこともあって、その迫害も激しく、この三人
にはこんな過酷なお話も伝わっています。
〜法衣を奪われた上に、全裸にされ群衆の目前で鞭打たれた〜


女人オードリー01 女人禁制51









     映画「尼僧物語」1959年        「女人禁制」 
     オ−ドリー・ヘプバーン       石上神社/兵庫県

  応援クリックは→ にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ  ↓コメント欄はいちばん下↓

で、元へ戻りますが、この時の「尼僧誕生」が「日本仏教人」の
始まりだとするなら、先の「信仰上の理由」はあったにせよ、
その後の頑なな「女人禁制」の姿勢はいささか不思議にも
感じられるところです。
※「尼僧」とはいえ、善信尼たちは現在の「巫女」的な役割だったとの見方も。

ですから、案外こういうことだったのかもしれません。
〜なんとはなしにねぇ・・・自然にそうなっていったのよねぇ〜

まことに無責任かつ不敬な見解で恐縮ですが、この〜自然に〜
という論法は、原理原則の順守を大の苦手とする日本人の
昔からの「民族的特技」ですから、仮にそうであったとしても、
さほどにヘンではないような気もするのです。

そう考えるなら、近代文明を受け入れるようになった明治以降、
次第に「女人禁制」が解かれていったのも、「信仰上の理由」を
超越して〜自然にそうなっていった〜だけのことかもしれません。

もっとも別に、こんな醒めた?見方もあるにはあるようです。
〜新たな「観光地」?となった寺社が、男性より「買い物意欲」が
  活発な「女性客」?を呼び込もうとするなら、「女人禁制」は、
  まことに都合が悪い制限であるッ〜
 取り払うべきだ!

それはともかく、初の「仏教人」が「女性」(少女)だったことを知る
につけ、この日本においては女性の方が積極的で逞しい働きを
発揮していたという歴史の真実を、いま改めて思い知らされる
ところです。

なにせ、最高神「天照大神」も、昔々の邪馬台国王「卑弥呼」も、
そしてアナタの奥様も、いずれにせよ「偉い人」とされる方は
全部が全部「女性」ですものね。





  応援クリックは→ にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ  ↓コメント欄はいちばん下↓

          



−−−これまでの 「女性」 シリーズ−−−−−−−−−−−−−−−−
318 日本史の「女性」18 アナタのお名前なんてぇの? タカラジェンヌかよ!
290 日本史の「女性」17 ♪どこか似ている可愛い女よ 似た名の美女二人
253 日本史の「女性」16 救出50年の鎮魂半生 もはや逃れられない呪縛
226 日本史の「女性」15 兼任皇后?の神出鬼没 鮮やかな復活劇の事情
203 日本史の「女性」14 ゴースト絵師?失踪す 親父絵師と二人三脚?
190 日本史の「女性」13 正室は知っていた! 公然の秘密は秘密じゃない!
168 日本史の「女性」12 消された?正室・濃姫 何もかもが不明とは?
159 日本史の「女性」11 忘れた頃の”女性天皇” 僅か七歳で即位とは?
135 日本史の「女性」10 何が正室に起こったか? 特別葬儀の真相?
110 日本史の「女性」09 未開人への好奇心 女を王とするトンデモ野蛮人?
102 日本史の「女性」08 信玄の血は残った 70歳と17歳、異色のカップル!
090 日本史の「女性」07 カカア殿下は先祖がえり? 知られざる女性パワー!
084 日本史の「女性」06 幼な姫のトラウマ 六歳で婚約、幸薄き短命人生!
074 日本史の「女性」05 宮廷の不都合な真実 どこから見たら”雅”なのだ!
064 日本史の「女性」04 歌舞伎女優の落胆 見過ごされたワンチャンス!
054 日本史の「女性」03 呪詛と空前自害 将軍を取り巻く気性激しき女性達!
047 日本史の「女性」02 お江の将軍構想 お江VS家康、嫁と舅の丁々発止!
043 日本史の「女性」01 禅尼の動機 執拗な助命嘆願、その真意はどこに?
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ヤジ馬の日本史〜超駄級・200記事一覧〜 前編「あ→と」巻 七転び八起き!
ヤジ馬の日本史〜超駄級・200記事一覧〜 後編「な→ん」巻 あゝ七転八倒!
ヤジ馬の日本史〜超駄級・300記事一覧〜 202−209編 堂々肩すか史!
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
日本史の「女性」19 ”仏教人”ここに始まる ヤジ馬の日本史/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる