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zoom RSS 日本史の「冗談?」14 ”奇人”は何を見ていたか?

<<   作成日時 : 2016/01/25 00:01   >>

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誰でも一度は耳にしたことのある歴史用語「前方後円墳」・・・
これは「寛政の三奇人」の一人に数えられる「蒲生君平」
(1768-1813年)の命名によるものです。
※後の二人は「林子平」(1738-1793年)と「高山彦九郎」(1747-1793年)

念のために補足すれば、この場合の「奇人」という言葉は、
決して「ヘンなオジサン」を指すものではなく、「奇才」と同様に
「優れた人物」を意味しています。
さて、この歴史用語「前方後円墳」の誕生については、
大まかにこんな説明になっています。

〜それまではシンプルに「ヒョウタン(瓢箪)形」などと呼ばれて
  いた古墳の多くに「車塚」という名が残されていたことから、
  この形を「宮車」を模したものだと考えた 蒲生君平は、自著
  「山陵志」 「前方後円墳」なる用語を初めて用いた〜

※天皇陵(山陵)に関する研究調査結果を発表したもの。

ところが今日では、蒲生が比定したような車は、古墳時代には
存在しなかったとされています。 
では、蒲生がイメージした「宮車」?とは、いったいどんなもの
だったのか?

実はそこらあたりもよく分かりませんが、これらの言葉を素直に
捉えてみると、多分高貴な御方が使っていた「牛車」もどきの
ものだったのでしょう。 しかしもしそうなら、これはこれでまた
大きな疑問にぶつかってしまいます。

その「牛車」をつらつら眺めてみるに、正面・側面・後面のどの
方向からも、蒲生が認識したような「前が方形」で「後ろが円形」
というようには見えないのです。

自動車のタイヤに当たる「車輪」部と、その直上の乗客席である
「屋形」の部分を「側面」から見た場合、それを敢えて「方円」で
表現するなら、「上方下円」というところになってしまいます。
また、もし「側面」以外の、「正面」や「後面」、あるいは「上方」から
みたものとするなら、これもまた肝心要である車輪部の「円形」が
消滅してしまうことになります。

だったら奇人・蒲生は一体「どんな見方」をして、「前方後円」との
認識に達したのか?
その点については、十日ほど寝ずに考え続けました。
(もちろん、これは「白髪三千丈」もどきの「針小棒大」な表現ですヨ)

結果からすれば睡眠を優先させるべきだったかもしれませんが、
「寝ずの考察」から導き出された「推論」はこうなりました。


牛車52 牛車53"






     「牛車」の利用風景        「牛車」の本体構造

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〜異なる複数の視点からとらえた物体の形を一つの画面に写し、
  断片化された平面として再構成する表現方法〜

つまり、二十世紀の天才画家・ピカソもどきの視線をもって、
蒲生君平は対象である「宮車」?を眺めていた?
※パブロ・ピカソ(1881-1973年)/代表作・ゲルニカ

具体的には、こういう見方・捉え方のことを言っています。
〜側面から眺めた車輪部を素直に「円形」と受け止め、
  「轅(ながえ)」と「軛(くびき)」で囲まれた(牛の)操縦スペース?を
  俯瞰して「四角形」つまり「方形」として捉えた上で、その
  双方を二次元面で合体させ、これを「前方後円」と名付けた〜

※高い所から見下ろすこと/全体を上から見ること。

この舌足らずの説明ではイマイチですが、下に挙げたピカソの
作品「女の顔」(1962年)を見ていただければ、少しは分かりやすい
かと思われます。


ピカソ01 加齢黄班変性51












    ピカソ作「女の顔」  加齢黄斑変性の症状(中心部のゆがみ)

目・鼻・口などの顔のパーツが バラバラであっちこっちに向いて
描かれていますが、これは対象の「女性の顔」を多方向から
眺めたもので、しかもそれを同じ画面に収めることで、「二次元」
の一枚の絵画として表現しているわけです。

だったら、蒲生君平の「前方後円」も、これとそっくり同じ感性で
「宮車」?なるものを眺めたものだったのでは?
であれば、操縦スペース(方形)が“前”で、車輪部(円形)が“後ろ”
になるとの主張は、なるほど理屈に合っています。

19世紀の日本の「奇人」学者・蒲生君平と、20世紀の世界的
「奇才」画家・ピカソが、奇しくも同じような「対象の捉え方」をして
いたとするなら、これはこれで楽しい発見です。

もっともこんな異説もある?ようですが。
蒲生君平パブロ・ピカソも眼病(加齢黄班変性)を患っていた〜
その症状の特徴はこんな説明になっていますから、一概に否定
してしまっていいものか、多少悩ましいところはあります。

〜視野の中心部分が暗くなる、あるいは中心が歪んで見える〜
「前方後円」論を主張した蒲生の眼、そして「女の顔」を発表した
ピカソの眼が、まさにそれだったのでは? (・・・ヘヘヘ冗談ですよ)




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