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zoom RSS 日本史の「事始め」06 未知との遭遇”英和辞書”

<<   作成日時 : 2015/12/30 00:01   >>

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「黒船来航」(1853年)より45年も前のこと、鎖国?日本の長崎で
いわゆる「フェートン号事件」(1808年)が勃発しています。
イギリス軍艦「フェートン号」がニセの国旗(オランダ国旗)を掲げ、
長崎港へ強行入港するや、現地のオランダ商館員を人質に
とった事件で、さらにはその身代金代わり?として薪・水・食料
などを要求し、それらをまんまと入手した上に、悠々とトンズラを
決め込んだのですから、軍事政権?幕府としては、まさに面目
丸つぶれ、屈辱的な出来事でした。

さすがの幕府も、この”傍若無人”ぶりには相当な危機感を
抱いたのでしょう。 
この時ばかりは、普段の腰の重さとは打って変わって迅速な
対応を見せています。

〜あの“狼藉野郎ども”(イギリス)のことをもっと知らなくっちゃ!〜 
「イギリス研究」の必要性を痛感した幕府は、その初めの一歩と
して、オランダ語通詞らに「英語の習得」を命じました。

とはいうものの、鎖国中?ということもあって、オランダ以外の
西洋国を知らないわけですから、そもそも英語そのものにも
十分な理解が及ぶものではありません。
ましてや会話・文章のレベルに至っては、現在のワタシ並みに
まったくお手上げの有様で、これは命じた幕府側も、命じられた
通詞側も同様でした。

〜なんぞ良い知恵はないものか?〜
日本側は、ちょうどその頃、出島オランダ商館に赴任した商館長
補佐官がいくらか英語に通じていたことに目をつけ、今度も
幕命をもってこの補佐官を英語の教授に当たらせることで、
オランダ通詞仲間の英語修業を開始すべく体制を整えました。

そうなると、よりスムーズな学習のためには「教科書」や「辞書」
の類が不可欠になるのは当然です。
未知なる言語「英語」への取り組みはこうして始まりました。

そしてその成果が目に見える形になったのが、おそらくこれが
日本人の手による最初?の英単語集・英会話集であろう
「諳厄利亜興学小筌」でした。
この「興学小筌」の完成を喜んだ幕府は、次に「英和辞書」編纂
を命じています。

難儀の末に、やっとの思いで完成させたのが日本初の英和辞書
「諳厄利亜国語林大成」全15冊で、これが1814年のことです。
しかし、この漢字の羅列をどう読んだらいいものか? 
おそらく現代日本人の多くは読めないことでしょう。
ワタシも読めません・・・なにしろモロに並みの日本人ですから。


未知との遭遇51 イングランド01








   映画 「未知との遭遇」 1977年      「諳厄利亜語林大成」

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「あんげりあ-ごりん-たいせい」と読むのだそうです。 後半の
「語林大成/ごりんたいせいは、確かに辞書を連想させる字面に
なっているとしても、では前半の「諳厄利亜/あんげりあとは
一体なんのこっちゃ?

「諳厄利亜/あんげりあとは、実は「イングランド」を指すラテン語
「ANGLIA」に由来するそうで、また「English/エンギリス」にも、
同じ「諳厄利亜」の字を当てていたようですから、要するに、
今で言う「英語/英国」をイメージしたものだったのでしょう。

そして、辞書「語林大成」は発音を「カタカナ」で表記しました。 
余談ですが、いまだに「発音記号」を理解・習得できないワタシに
とっては大変にありがたい気配り?でした。

「語林大成」完成までのこうした流れを逆算してみると、実は
キッカケになった「フェートン号事件」から、わずか六年ほどで
成し遂げたことになります。

これより以前に、杉田玄白(1733-1817年)らが、オランダ語の
医学書「ターヘル・アナトミア」の翻訳に取り組み、「解体新書」
(1774年)を著していますが、この作業には約三年の歳月を費やし
ました。

幾分は馴染みのある「オランダ語」ですら、これだけの時間を
要したことを思えば、まったく「未知の言語・英語」の研究を、
まったくの「白紙状態」から始め、短期間?で約6,000語を収載
する「辞書」を完成させた事跡は、これはやっぱり「凄いッ!」と
評価するべきものでしょう。 
日本人って、やる時にはやるものですねえ!

この時「諳厄利亜プロジェクト」?のチームリーダーを務めた
オランダ語通詞「本木庄左衛門正栄」(1767-1822年)自身が、
その経緯をこう述懐しています。

〜長年習い親しんでいるオランダ語とは違って、遠く数万里も
  隔たった見ず知らずの異国・イギリスの国語を、はじめて修行
  するのであるから、言語・発音・風俗・事情を理解することにも
  大変な困難が伴ったもので、思いのほかシンドかったゼ〜

つまり、この庄左衛門にとって「英語」との出合いは、それこそ
「未知との遭遇」だったわけです。

さて、現代日本人は杉田玄白の名は割合知っていても、この
本木庄左衛門の名を知る人は、それほどでもないようです。
ひょっとしたら、その知名度の差は書名の難易が作り出したもの
だったかもしれません。 

素朴明快な書名「解体新書」に比べたら「諳厄利亜/あんげりあ
という字面・発音は現代日本人にとっては、確かに複雑怪奇な
印象を漂わせていますものねぇ。




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