ヤジ馬の日本史

アクセスカウンタ

zoom RSS 日本史の「アレンジ」11 二つの名前で出ています

<<   作成日時 : 2015/10/20 00:01   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

「二つの名前」と言っても、役名が「椿三十郎」、それを演じた
俳優の名が「三船敏郎」というパターンの「二つ」ではありません。
「同一人物」でありながら、歴史においては「二つ(以上の)名前」
で知られる人物のことです。

たとえば、西郷ドン(1828-1877年)は本名・隆盛?/通称・吉之助
/号・南州など、多彩な名前を持っているものの、名字が共通
していることもあって、それが「西郷ドンご本人」であろうことは
容易に想像できます。
こういうケースは本稿の「二つの名前」?には含みません。

つまり、上の「名字」も下の「名前」の方も違ったものになっている
のに「同一人物」・・・たとえば、維新前後の人物なら、
  村田蔵六/大村益次郎 (1824-1869年)
  桂小五郎/木戸孝允   (1833-1877年)
中村半次郎/桐野利秋   (1838-1877年) などです。

しかしまた、上の御三方たちはどんな事情があって、こんな
複雑怪奇な?「複数の名」を持っていたのでしょうか?

まず「村田蔵六/大村益次郎」に触れてみると、「名字」の方は
元から明白に「村田」でした。
ただ下の「名前」の方は、昔のことですから誰もがやっていた
ように、あれこれを名乗っていました。(蔵六・良庵など)

それを1855年頃には一応「村田蔵六」に改名統一?しています。
ところが1865年、長州藩の重職に抜擢されるや、藩主・毛利敬親
(アダ名:そうせい侯)の命により、すっぱり「大村益次郎」への
改名に及びました。

その詳細は承知しませんが、とにかく長州藩にとっては「期待の
人材」という理由があっての改名ですから、名字の「村田→大村」
名前の「蔵六→益次郎」への変更にも、それなりに大きな意味
合いが込められていたのでしょう。


桐野利秋01 桂小五郎02 大村益次郎51










中村半次郎/桐野利秋 桂小五郎/木戸孝允 村田蔵六/大村益次郎

  応援クリックは→ にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ  ↓コメント欄はいちばん下↓

次に「桂小五郎/木戸孝允」の場合は、名前の大まかな変遷を
追っただけでも、このくらいにはなりそうです。
(桂家に養子入り前) 和田小五郎 → 桂小五郎 → 木戸貫冶 →
木戸準一郎 → 木戸孝允。

で、問題の名字の「桂→木戸」への改名もまた、「大村益次郎」
のケースとまったく同様で、藩主・毛利敬親から賜ったものとの
ことです。 
してみると、毛利の殿様・そうせい侯は「名字贈答」を趣味として
いたのかもしれません。

ちなみに、この「桂小五郎」は江戸三大道場の一つ「練兵館」に
入門するや、わずか一年で塾頭になるほどに飛びぬけた腕前を
持っていました。 

ただ面白いことに、修羅場になったときには得意の剣を抜くこと
はなく、ひたすら「逃げ」に徹することをポリシーにしていました。
ですから、「逃げの小五郎」とのアダ名も頂戴しています。

〜修羅場に遭遇し華々しく戦うよりは、そうした危険性・リスクを
  事前に察知して回避することの方が遥かに大事である〜

おそらく、ご本人はこうした考えを持っていたのでしょう。

さて三人目は、維新前は「人斬り半次郎」との異名を、維新後は
「陸軍少将」との肩書きを有した「中村半次郎/桐野利秋」です。
明治六年(1873年)、征韓論が敗れた西郷どんが下野すると、
それに従う形で鹿児島に戻り、結局その後の「西南戦争」で
戦死しました。

その点からすれば、「人斬り半次郎」の異名から想像する
「殺し屋」タイプの人物というイメージのかなりの部分は、むしろ
後世に作り上げられたものなのかもしれません。

ただ、名字の「中村→桐野」の変更?については、ずっと昔の
ご先祖様の名字に戻したものとされていますが、大村益次郎
木戸孝允などの場合とは違って、少なくとも、「そうせい侯」こと
毛利敬親の関わりはなかったでしょう。
なぜなら、長州藩主が薩摩藩士に「名字贈答」?するのでは、
さすがにお話が変ですからね。

で、ヒマ人の話題。
冒頭の「椿三十郎」※1の前作に当たる「用心棒」※2で名乗った
名は、(観客にはそれが口から出まかせの名であることが分かるように)
「椿三十郎」ならぬ「桑畑三十郎」でした。
※1>昭和37年(1962年) ※2>昭和36年(1961年)

するってぇと、これも〜二つの名前で出ています〜ということに
なるのかも。


三船/用心棒51 三船/三十郎51 












第一作 「用心棒」では桑畑三十郎  第二作「椿三十郎」では椿三十郎

  応援クリックは→ にほんブログ村 歴史ブログ 日本史へ  ↓コメント欄はいちばん下↓

          



−−−これまでの 「アレンジ」 シリーズ−−−−−−−−−−−−−−−
261 日本史の「アレンジ」10 ギョエテとは俺のことかと 本人が知らない名前
256 日本史の「アレンジ」09 耶蘇教・伴天連・切支丹 意外に素朴?な語源
244 日本史の「アレンジ」08 現代版”大八州”誕生す! 先祖返り?道州制
187 日本史の「アレンジ」07 ♪君が世はァ千代にィ・・・ 今も賛否両論が?
170 日本史の「アレンジ」06 将軍家は親戚頭に過ぎぬ! 真の主家は何?
149 日本史の「アレンジ」05 倶利伽羅峠のからくり 頭が燃える牛だって?
141 日本史の「アレンジ」04 女優の実写・アニメ・CG版? 一体なにがどれ?
136 日本史の「アレンジ」03 逆説の「歴史の海は・・・」 井沢元彦氏の視界!
118 日本史の「アレンジ」02 “××の変”は変ではないか? なぜ不統一?
111 日本史の「アレンジ」01 発明より改良が好き 民族の伝統なのか?
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ヤジ馬の日本史〜超駄級・200記事一覧〜 前編「あ→と」巻 七転び八起き!
ヤジ馬の日本史〜超駄級・200記事一覧〜 後編「な→ん」巻 あゝ七転八倒!
ヤジ馬の日本史〜超駄級・300記事一覧〜 202−209編 堂々肩すか史!
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
日本史の「アレンジ」11 二つの名前で出ています ヤジ馬の日本史/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる