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zoom RSS 日本史の「もしも」06 才能で職業は選べない

<<   作成日時 : 2015/09/30 00:01   >>

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昔は親の身分を息子が継承することは至極「当たり前」のことと
されていました。
「家老の子は蛙の子」・・・ぁちょっと違った!「家老の子は家老」
という言葉もそうした社会・文化を言い表わしたものでしょう。

ですが、歴史の中には「家老の子」であることが、その本人に
とっては甚だ不幸だったと思われる例もいくつか見られます。
言葉を変えれば、「家老の子」でなく本人の意志で自由に職業が
選べたとしたら、こんな散々な評価を受けずに済んだと思われる
人たちのことです

たとえば、足利義政(1436-1490年)の職業?は政権トップの座に
ある室町幕府「第八代将軍」でした。
その座も、血筋をもって六代・父→七代・兄→八代・自分の順で
引き継いできたのですから、そのレールからちゃっかり自分だけ
がエスケープ?するわけにもいきませんでした。

さりとて、ご本人にはハナから「政治嫌い」な様子が窺えました。
結局はこの気質が国内最大級の内乱「応仁の乱」(1467-1477年)
招いてしまったわけですが、その後も無責任に放置し続けていた
ことを思えば、政治家としての評価はどうしたって最低ランクに
なってしまいます。 

そしてこの「最低感」?が「義政のイメージ」として現代まで残って
いるのですから、まことにお気の毒と言わざるを得ません。
しかし、もしこの時代に義政が自分の意志で「職業」を選べたと
したら?

造園/建築/絵画/能楽/茶器/美術品など巾広い分野で
実際に大きな業績を残したのですから、おそらくは「文化人」して
史上最高クラスの評価を受けたことでしょう。
なにしろ現代人が持つ「和風のイメージ」こそは、この義政
築いた、いわゆる「東山文化」が原点になっているのですから。

実は将軍・義政のほかにも、こうした不幸?な境遇を抱えた
人物を見ることができるのです。
たとえば、現代では「バカ殿」の代名詞にされた感のある今川
氏真
(1538-1615年)にも、また同様の雰囲気が感じられます。


銀閣寺51 蹴鞠51










   足利義政/東山文化(銀閣寺)      今川氏真/蹴鞠名人

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なにせ、実の父チャンが「桶狭間の戦い」(1560年)の敗軍の将・
義元なのですから、時代といい、血筋といい、「戦国武将」として
見られることは、ハナから避けられることではありません。

それなのに、その直後の戦さに負けて「御家滅亡」を招いて
しまったのですから、「バカ殿」「ダメ武将」の評価を頂戴しても
やむを得ない?
しかしこの氏真とて、「戦国武将」という職業?を一歩離れる
なら、これがまた実に多彩な才能を備えた人物だったのです。

殊に和歌/蹴鞠/剣術などの面で、抜群の技術・センスを発揮
したことは色々なエピソードで語られています。
〜その評判を耳にした織田信長の所望によって、当人の目の
  前で氏真が「蹴鞠」を披露した〜
 「信長公記」

もっとも、さらに後の時代にはこんな表現で皮肉った人も登場
しているのですが。
〜半端でなくすげえのが、足利義政の「茶湯」、大内義隆の
  「学問」、今川氏真の「歌道」だぜ・・・なにしろ「御家」を潰して
  しまうくらいのものだからな〜
 江戸幕府老中・松平定信の随筆

いずれにせよ、「戦国武将」としては「バカ殿」「ダメ大将」だった
としても、文化人としては「ものすごいヤツ」、今風の感覚なら
「文化勲章」並みの人物だったかもしれません。

それが証拠に、「戦国大名」としての今川家は潰してしまった
ものの、その後に紆余曲折を経ながらも、最終的には徳川幕府
の「高家」(儀式・典礼役)として家名を残しています。 
ですから、やはりこの方面では「文化勲章」クラスの実力を備え
ていたということでしょう。

さらに言うなら、もしも「戦国武将」の立場にいなかったとしたら、
信長に興味を抱かせるほどの「蹴鞠」術に、さらに磨きを掛けて
あわよくば「蹴鞠の神様」・・・それが転じて、現代なら「サッカー
の神様」という栄光の座を獲得していたかもしれません。
※なんでも、京都・下鴨神社/白峰神宮などがそう言われているとのこと。

こうしたことに思いを馳せると、「職業を選べる自由」って本当に
ありがたいものだと痛感するところですが、さらに上をいく考え方
もありました。

A氏 〜なんだねェ? それ以上に素晴らしいことって?〜
B氏 〜えぇ、「職業を選ばない自由」ってものですねぇ・・・〜
A氏 〜なんだねェ? その「職業を選ばない自由」って?〜
B氏 〜えぇ、仕事に就かず寝て暮らすことですが、なにか?〜





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