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zoom RSS 日本史の「トホホ」17 ♪運がいいとか悪いとか

<<   作成日時 : 2015/09/10 00:01   >>

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武士による政治機関?「幕府」が設立されてから以降、
その「長」は自らの役職?を「征夷大将軍」と名乗りました。 
ところがこの「征夷大将軍」そのものは、決して新しく登場した
役職でもなく、実は幕府登場のず〜っと以前から、すなわち
平安時代初期の頃からすでに「あった」ものでした。

さて、その征夷大将軍、実は「幕府」以後に限って眺めてみると、
大変に興味深いパターン?があることに気がつきます。 
各幕府とも二代目(以降)より初代将軍の方が圧倒的に高い
知名度を誇っていることです。

下のように各幕府の初代・二代に並んで頂けば一目瞭然!
鎌倉/初代・源  頼朝 → 二代・頼家
室町/初代・足利尊氏 → 二代・義詮
江戸/初代・徳川家康 → 二代・秀忠

〜初代の名は知っているが、二代はそうでもないゾ〜
まあ普通はこうした感想になるところで、その逆になることは
とんと少ないように思われます。

この「有名な方が初代」という流れ?で平安時代の征夷大将軍
まで遡ってみると、〜初代の征夷大将軍は坂上田村麻呂〜
いうイメージに・・・なにせ知名度抜群ですから、これは無理も
ありません。 ※生758年-没811年/在任797-801年&804-810年

ところが、これが大間違いのコンコンチキで、実は田村麻呂は、
むしろ「二代目」?ともいうべき立場であり、「初代・征夷大将軍」
にはまったく別の人物が就いていました。

その「初代」の名は「大伴弟麻呂」(おおとものおとまろ/731?-809年
/在任791-795年)
とされています。
なんでも当初の一時期は、将軍・弟麻呂/副将軍・田村麻呂
コンビを組んでいたらしく、、そしてその弟麻呂が勇退?した後を
この田村麻呂が引き継いだようです。


コロンブス51 ヴェスプッチ51












  クリストファー・コロンブス      アメリゴ・ヴェスプッチ
 (1451?-1506年/イタリア?)   (1454-1515年/イタリア) 

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だったらこの場合、幕府以後のパターン?から外れて、なぜまた
「初代」より「二代目」?の方が有名なのか?
逆に言うなら、なぜ「初代」は「日陰の身」の存在なのか?

その理由はいたって単純・・・その「活躍」?に大きな差があった
からです。 つまり二代目は敵軍の指導者を降伏させるなど、
「征夷大将軍」の名に相応しい華々しい勝利を収めたのに対し、
初代・弟麻呂にはそれだけ派手な活躍がなかったのでしょう。 
※アテルイやモレなど/共に802年処刑

「負け組の人間」に世間は冷たいのは昔も今も変わらない風潮
なのかもしれませんが、でも「初代」弟麻呂はそんなにスカタンな
将軍だったのでしょうか?

あの「藤原不比等」の娘を母に持つという別格な境遇にあって、
それでも「手柄」を自分のものにできなかったことを思えば、
確かにそこそこのスカタンだったことも考えられます。
ところが逆に、こんなことも想像できないわけではありません。

弟麻呂・田村麻呂の正副コンビが共に手を携えて、蝦夷?に
対する「アヒルの水かき」を根気よく続けていたところ、それが
「敵側の降伏」という目に見える形となって現れたのが、ようやく
802年・・・つまり弟麻呂が70歳超(定年退職後?)のことだった。

そんな事情もあって、同等の努力を重ねながら栄誉の全部を
40歳代半ば働き盛り?の田村麻呂に独占されちゃった?
もしそういうことなら、初代・弟麻呂にはホント運がなかった!

つまり、♪運がいいとか悪いとか・・・歌の文句に従うなら、
後世にその名を残すことができた超「運のいい」奴が二代・
坂上田村麻呂であり、名を残せなかったてんで「運の悪い」奴が
初代・大伴弟麻呂だったということになるのでしょう。
※「無縁坂」(作詞・作曲/さだまさし)1975年

同じような♪運がいいとか悪いとかは、探せば世界中にある
ようで、たとえば「アメリカ大陸」の名称は、その「新大陸」を
発見?(1492年)した“コロンブス”ではなく、これが「新大陸」で
あることに気が付いた“アメリゴ・ヴェスプッチ”の名から
採られています。

死ぬまで当地を「インド」だと思い込んでいたコロンブス自身の
「迂闊」が原因でした。 ですから歌に沿うなら、この場合は
「運がいい」奴が“ヴェスプッチ”で、「運が悪い」奴が“コロンブス”
ってことになりそうです。

もっとも“コロンブス”とて、さすがにやられっぱなし?というわけ
ではなく、その名を南米“コロンビア”に残すだけの奮闘は見せた
のですが・・・いささか「後の祭り」といった印象に。




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